Q&A’10f1・「ガイア・アセンション」シリーズ

 

【目次】

(10/05) 「墓」をどう考えるか

(10/05) 飼い犬をめぐる騒動


(10/05)
「墓」をどう考えるか

(Q) こんにちは。
最近、「墓」について考えることがよくあります。
私の家の墓は先祖代々の菩提寺の墓地にあり、自宅から車で約30分かけて墓参りに行くのは当然のことだと思っていました。

 

ところが、私には娘が一人だけで兄弟もなく、「家」としては、いずれ絶えることが確実です。

加えて、その寺の住職は県会議員を務め、介護施設を経営するような方で、私は人間的に好きではなく、今までもできるだけ接触を避けてきました。

これからも葬儀、法要等で菩提寺と住職との付合いが続くのなら、檀家をやめ墓地は処分して寺との関係を絶ち、お骨は公共の納骨堂へ安置しようかと考えています。


昨日も墓参りに行ってきました。墓前で手を合わせ、自分の先祖に思いを馳せると少し厳粛な気持になります。

これは墓がなくても、仏壇や納骨堂の祭壇の前で手を合わせても、このような気持ちは変わらないものだと思うのですが…。
「墓」や「檀家」について小松様のご意見をお願いいたします。

 

(A) 拝見しました。

大筋として、あなたのお考えに賛成です。

どのみち魂が抜けた後の肉体は「脱いだ着物」と同じで、それをどのように処分するかは本質的なことではないからです(後に残したものから「死者」が波動的影響を受けないようにしてあげることが理想ですが、今のところ公認された適切な手段がありません)。

いわゆる「死者」の魂自体は、個人として基本的に持っている大目標に沿って、別の領域で引き続き活動しているので、残された者の混乱した認識や意識で、事ある毎に「呼び出す」のは、あまり褒められたことではありません。

 

そこで残る課題は、第一に、家や地域の伝統的な慣わしや習俗のことでしょう。

これについては、社会の大勢が上記のような認識にまとまってくるまでは、あまり目くじら立てないで、正しい認識を心に収めながら、そこそこに付き合うようにするのが無難かと思います。

すると具体的には、あなたのようなプランが、一つの選択肢になるでしょう。

 

第二に、いわゆる「死者」と残された者との、魂のレベルの「つながり」つまり「縁」のことがあります。

これはケース・バイ・ケースで大きなバリエーションがありますが、双方がそれぞれ相手に対して、多かれ少なかれ引き続き思いを寄せているのが普通ではないかと思います。

問題はその「程度」であって、それがうまくバランスが取れているケースは、人類の現状では極めて少ないでしょう。

概して残された者からの、必ずしも適切でない認識に基づく、思い入れの方が強いだろうと思います。あるいは、「彼岸の墓参り」のように、習俗に従ったかなり形式的なものとか。

そこで今の段階では、テレパシーなどによる「死者」との有益な交流は期待できないので、「こちら側」が、感謝や愛を意識のベースに持つようにする程度がいいと思います。

これは、お墓の有無とは関係なく、いつでも出来ることです。

という次第で、あなたのお考えを進めるのは結構だと思います。

 

(10/05) 飼い犬をめぐる騒動

(Q) (バリより)いつもありがとうございます。
私の体験した事です。
私が創りだした事になるのでしょうが、困惑しています。
そのままに書いていきたいと思います。

ある残虐な行為に直面してしまいました。

バリの田園の中に住んでいます。
斜め向かいの土地を管理している人(おじいさん)は、そこで牛を飼い、作物を育て、それを売って生活の足しにしています。
そこには雌犬がいて番犬の役目をしています。
そこには、いつも「犬問題」が付きまとっていました。
餌をあげたりあげなかったりするので、近所のニワトリや稲刈りの時期になるとアヒルを食べてしまうからです。犬の遊び感覚もあるでしょう。
しかし今回の犬は、おとなしい性格でなつっこく見た目も可愛いので、長期滞在の日本人は「いい子」とか「はるちゃん」とかそれぞれに呼び名を付けるほどでした。

繁殖期が半年に1度くらいの割合で起こっているようで、その度毎に出産し雄の子犬は貰われて(売られて?)いき、残った雌の子犬は捨てられます。
バリでは良くある光景です(田舎ではまだ多いそうです)。
雄には価値があり、雌は子供を産んで困るからのようです。

捨てられた犬は、我が家に迷い込んだりして、いつも悩みの種になります。
「これはお宅の犬ですよね」と迷い込んだ犬を持って行くと、「いらない、捨てたから放っておいて・・・」と平然として言うのです。
我が家でも既に2匹、雌の捨て犬を飼っています。

バリでは、保護活動や教育などの慈善団体があり、村の集会所には時折、無料の去勢・避妊手術をしにやってきますので、おじいさんの自宅まで行き、そのような団体が来ているのでどうですか?と聞きに行った事がありますが、よい子供が取れるので避妊手術はしないとの事でした。
犬好きの日本人の長期滞在者が、このような光景を見かねて餌をあげに来たり、子犬の貰い手を探したりと世話をしておりました。

今朝は早朝から、そこの犬は何やら泣き叫んでいます。
我が家の放し飼いの犬が、遊びに行って喧嘩になったのかと(時折あることなので)、外に出て我が家の犬の名前を呼びますと、裏庭から一匹と、寝床の段ボールから一匹、のそっと出てきました。
泣き叫びは聞こえ続けます。

最近は繋いであるようなので、もしかしたら紐が絡まったのかも?と思い(夜はそこには誰も人がいないので)、見に行く事にしました。

近所の人と田んぼの人が二人、あまりの泣き叫びに、少し離れた所から様子を伺っていました。
斜め向かいの土地に入って行くと、例のおじいさんの姿が見えるではありませんか。
しかも犬の首に紐を結え、嫌がる犬を引っ張っています。
「ニワトリを食べたんだ、殺してやる!」と紐で首を絞めている所に直面。
引っ張りながらこちらへ歩いてきます。
途中犬は息耐えてしまったようで、ゴロンと畑の中に倒れこんでしまったのです。
ほんの少しの間の出来事でした・・・。

私は感情のまま、泣き叫んでいました。
「何でこんな事をするの!!お願いだからもう犬は飼わないで!!」
泣き叫びながらその場を立ち去っていました。

その光景が今も焼きつき、悲しみと無情に心が傷ついてしまいました。
アセンションに意識を向けて、私も様々な感情を癒して行きたいと思うのですが、正直どのようにしていったらよいのか解りません。
どのように愛と思いやりを持って、変容していけばよいのでしょうか???
どのような意識をしていけば、そのような状態になって行くのでしょうか?
今はショックで思い出すと涙が出るばかりで、ただただ、このような事が決して起こらない世の中になって欲しいと願うだけです。

最近のQ&Aを読みながら、「時間のラインに沿って癒す」の意味が良く解らなかったり、それこそこのような問題は、どこでも繰り返されている出来事のようにも思えます。
私の場合は犬が対象でしたが、戦争では人ですし・・・。
今感じているこの感情を、出来るのであれば、上手く癒して行きたいです。
アドバイスをお願い致します。

 

(A) 拝見しました。

お話しの背景に、国や地域による事情の違いがあると思います。

それは法的なものか、あるいは法律を超えた(無視した)慣行などです。

日本では、まず「狂犬病予防法」があり、「動物の愛護及び管理に関する法律」もあり、それらを受けて各都道府県の条令があります。

これによって、動物の所有者や占有者の責任が、罰則付きで、かなり細かく規定されています。

例えば、狂犬病予防接種の義務、犬・ネコの繁殖制限、動物をみだりに殺傷しないこと、犬の散歩はリード(つなぎ紐)をつけて行うことなどです。

これは、田舎のほうでも、かなり徹底しています。

たまに違反している事例も見られますが、犬の「放し飼い」は皆無といっていいと思います。何故なら、「野犬」は捕獲して処分することが各自治体に義務付けられているからです。

 

こうした法令や条例は、近代国家では、あまり大きい違いはないと思いますが、そちらでは、おそらく無視することが「慣行」になっているのではないでしょうか。

あなたが注意するべきことは、吼えることや場所を構わずフンをすること、また虫の居所が悪い場合に噛み付くことなどの近所迷惑に関して、「うちの犬だけは大丈夫」という考えを持たないことです。

こういうことへの感覚は、ペットを飼う人と飼わない人との間には大きい隔たりがありますが、飼っている人はそれに気づかないことが多いようです。

 

ともかく、今回のケースに関しては、あまり肉体本位に考えないことが大切です。

外見がどのように見えたとしても、魂は、自然界の精霊などによって安住の場所に導かれる仕組みになっており、一過性のトラウマはあったとしても、その前途に関しては何も心配することはありません。

肉体は、あくまでも「魂の乗り物」です(だから殺してもいい、というわけではありませんが)。

この件は、戦争や殺人事件などによる死者についても同じことです。

感情に流されないで、全体像を正しく理解して物事をとらえるようにしましょう。

 

なお、この機会に、ご当地の法的な規定がどうなっているかを調べて、あなたがそれを遵守するようにすると共に、周りの飼い主の方にも知らせてあげるといいでしょう。

 

(Q) お返事ありがとうございました。

 

《たまに違反している事例も見られますが、犬の「放し飼い」は皆無といっていいと思います。何故なら、「野犬」は捕獲して処分することが各自治体に義務付けられているからです。》

 

バリでは昨年より狂犬病が広がり大きな問題になっています。沢山の野犬が処分され飼い犬は狂犬病のワクチンの義務が課せられました。

以前、日本に一時帰国した知人が日本で見たニュースでは、バリでもワクチンをしていない犬は罰金、繋いで飼う事になっていると話しておりました。すっかり見逃しておりました。

私もこれを機会にバリ州の法的規定を調べてみたいと思います。

我が家ではワクチン済みですが、放し飼いの件については、法律は勿論、私のやり方を、もう一度考え直してみたいと思います。

 

あらゆる所で犬が放し飼いのバリで生活していて、(初めは繋いでいましたが、あまりにも吠えるので近所の勧めもあって)我が家も放し飼いにしてみた所、すごくおとなしくなった事がありました。

犬の縄張りのバランスが取れてくるとそれ以上の争いは無くなり、犬なりにその場で上手く共存している事、敷地内のニワトリとも自然に共存出来るようになる事等を見ていて、繋いで飼うのは不自然なのではないか?と思うようになっていました。

フンすらも自然に還るので、見ていてもあまり気にならなくなっておりました。(田んぼ地域に住んでいることもありますが)経験が全てではないのですね。

周りの状況や変化に応じて色々変わってくる事もあり、狂犬病の発生もあり、我が家の周りも住宅地に変わりつつあります。

 

《こうした法令や条例は、近代国家では、あまり大きい違いはないと思いますが、そちらでは、おそらく無視することが「慣行」になっているのではないでしょうか。

あなたが注意するべきことは、吼えることや場所を構わずフンをすること、また虫の居所が悪い場合に噛み付くことなどの近所迷惑に関して、「うちの犬だけは大丈夫」という考えを持たないことです。

こういうことへの感覚は、ペットを飼う人と飼わない人との間には大きい隔たりがありますが、飼っている人はそれに気づかないことが多いようです。》

 

そうですね。飼っている人はその迷惑に気がつかない・・・。

今回の件で、私も「相手の立場に立って考える」と言う事を気付かせて頂いたようです。

自分本位に考えておりました。何かピンと来るものがありました。

 

《ともかく、今回のケースに関しては、あまり肉体本位に考えないことが大切です。

外見がどのように見えたとしても、魂は、自然界の精霊などによって安住の場所に導かれる仕組みになっており、一過性のトラウマはあったとしても、その前途に関しては何も心配することはありません。 》

 

はい、解りました。確かに魂の存在を知っていたので、光の世界へ導かれるようにと祈りました。

日が経つ毎にショックも和らいできました。時が癒してくれているようです。

肉体は魂の乗り物とは解っているようでも、殺害の現場を実際に目の前で見てしまって動揺してしまいました。

感情的になって、おじいさんも非難してしまいました・・・はぁ〜〜。

 

《肉体は、あくまでも「魂の乗り物」です(だから殺してもいい、というわけではありませんが)。

この件は、戦争や殺人事件などによる死者についても同じことです。

感情に流されないで、全体像を正しく理解して物事をとらえるようにしましょう。》

 

小松さんの本やQ&Aにもこの事がよく出てきますね。

魂が深い部分で選択した事に神様は干渉しない大きな愛。

「無条件の受容」と言う・・・本当に大きなテーマです。

愛の学び。まだまだですが、前向きに進化していきたいと思います。

 

《なお、この機会に、ご当地の法的な規定がどうなっているかを調べて、あなたがそれを遵守するようにすると共に、周りの飼い主の方にも知らせてあげるといいでしょう。》

 

そうしてみます。

この件があったすぐ後、我が家の犬が遊びに来ていた友人を噛んでしまいました。

他の友人が、自分の家の犬が人を噛んでしまったと言う話をしていました。

ご近所さんが、狂犬病について記事を貸してくれました。

これを機会に、調べ、皆にも知らせたいと思います。

 

ありがとうございました。心より感謝、お礼申し上げます。

 

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