時代の分水嶺

―アセンションへの選択―

 

いま、時代は巨大な転換点に向けて急加速しています。

あなたはどの道を行きますか?

この「分水嶺」で道を選択するのは、あなた自身です。

 

[第1回] いま経済の深層で何が起っているのでしょうか?

 

景気という「青い鳥」は今でもいるのでしょうか? 

「景気回復の兆しが見られる」―これが、昨今の政府や日銀の公式報告です。はて、以前にも、似たような言葉を聞いたような気がしませんか? いわゆる「バブル経済」が崩壊した1990年から現在までに、数兆円規模の「景気回復」のための緊急対策(あるいは当初予算や補正予算としての対策)というものが、何回となく実施されたのはご存知のとおりです。

 

対策が行われてしばらくすると、決まってこのようなニュアンスの報告が登場しました。もしこれらの報告に偽りがなければ、もう10年もやっているのだから、一度や二度は「景気」がすっかり「回復」して、年中行事のような「追加対策」も必要がない時期があったはずですが、実情はどうでしょうか。

 

「景気が回復した」という報告を、この10年間に一度でも聞いたことがありますか。報告は別にしても、あなたの実感として、いわゆる「景気回復」を感じたことがありますか。そもそも「景気」という「青い鳥」は、今でもどこかにいるでしょうか?

 

雪だるま式に借金して井戸を掘り続ける・・・

事実はどうであれ、日本の為政者が「青い鳥」の存在を信じていることは間違いないようです。ここに水脈があると思うから借金してでも井戸を掘る。100メートル掘って水が出なければ、さらに400メートル掘る。それでだめなら1キロメートルまで掘り進む。借金は雪だるまのように膨らみますが、それでもあきらめない。何しろ、いつか水が出ることは「確実」だし、水さえ出れば借金が返せるのだから―。

 

ここでの井戸を掘る行為とは、国や地方自治体が借金をして(国債や公債を発行して)支出を増やすことです。資本主義経済に好況・不況はつきもので、不況のときは国や地方自治体が、それまで以上に支出を増やして国全体の「有効需要」を増やしてやれば、やがて民間(企業の設備投資や個人消費)に波及して経済が回復軌道に乗る。これは、イギリスの経済学者J.M.ケインズが1936年に発表した理論の骨子です。「景気」が良くなれば税収が増えて、借金をチャラにできるという理屈だといってもいいでしょう。

 

この理論は、1929年に勃発した「大恐慌」の後始末の段階から現在に至るまで、いくつかの先進国の経済政策に採用されて「効果あり」の判定を得たため、世界中で急速に「信者」を獲得しました。今でも、主要先進国の為政者のほとんどすべてが、それに「該当する」と言ってよいでしょう。その周辺に、多数の学者、官僚、エコノミスト、企業経営者そしてマスメディアなど、社会において今のところ少なからぬ力を持つ、「信者の集団」が形成されています。

 

この「信仰」が、日本において、この10年間に何をもたらしたかは、次のグラフで明瞭です(図1)。地方自治体も、独自の視点を持つこともなく、国から言われるままに「右へ習え」しました(図2)。これは言ってみれば、バクチに金をつぎ込むようなものです。年とともに借金(の残高)がかさんでくるので、返済を考えると、掛け金を更に大きくしたくなります。それを、時の政府は、前の政府(前任者)が中途半端な金の使い方しかしなかったので「賭けが当たらなかった」と説明して、自他を納得させてきました。だから「本格的な景気回復を見届けるまでは」止められないというのです。

 

 

 

景気回復の鍵を握る個人消費を決めるのは

さて問題は、ケインズの理論が今の日本で有効かどうかということでしょう。一国の経済の大枠は、誰でも理解できる簡単なものです。つまり、経済の規模を表す「国内総生産(GDP)」とは、おおまかに、「個人消費」、「民間設備投資」、「純輸出(輸出−輸入)」そして「政府支出」の合計なのです。この中で、個人消費が約6割を占め、その動向が実質的に全体を、つまり経済成長あるいは「景気」を、左右しています。それ以外の項目は、一方的に増やそうとすれば、必ずリアクション(反作用)がでてくるものです。したがって、政府支出の増加が、相応の個人消費の増加まで到達しなければなりません。そうでなければ、ケインズ理論は破綻するわけです。

 

個人消費の動向を知ることは、きわめて簡単です。自分の胸に聴いてみればよいのですから。というのも、日本人は世界でも抜きん出て均質的な「オーバー・ソウル(民族の集合としての魂)」を持つ民族です。ですから、ほとんどの場合、ひとりの意識の状態は、かなりの程度まで全体を反映しています。一人ひとりの意識の状態が、消費行動を決めます。そして「個人消費」が決まっていきます。

 

多くの学者やエコノミストそして官僚の誤りは、自分自身の意識や自家の家計支出の変化を見ようとしないところにあります。そして彼らは、まるで地面を走り回るアリが次はどの方向に行くか、「当てっこ」のようなことをしているのです―自分自身が消費の当事者であることを忘れたかのように。また彼らは、経済や政策を論じるときに、「人はお金さえあればどこまでも消費を拡大する」という、固定観念から離れることができません。「消費者としての自分」は、とっくにそこから離れているというのに---。

 

景気について陥りやすいワナを知っていきたい

あなた自身が感じているように、私たちの「オーバー・ソウル」は、お金にしろモノにしろ、「どこまでも増え続けることが善である」とは、もはや考えていません。それらを追求しても、面倒だし疲れる、自分の体がもたない、しあわせがお金やモノの量で決まるわけではない、というような認識に達しているのです。そして別のあり方、たとえば普遍的な「愛」を追求し始めています。これは、「バブルの経験」を踏まえた意識の転換ともいえるでしょう。個人の意識のこのような転換を、ケインズは予想することができませんでした(この点は、ドイツ人で共産主義の創始者カール・マルクスも同じです)。

 

日本では、いまや「景気(循環)」は消滅しました。「青い鳥」は存在しないのです。これに似た状況は、ドイツや北欧でもみられます。「景気回復の兆しが見られる」というのは、どんな経済にもあるわずかの「振れ」を、そのように表現したにすぎません。あるいは、大半が「ケインズ教信者」で構成される企業経営者への、アンケート調査の結果を色付けしたもので、この10年間ほとんど毎年のように聞かされてきた、いわば言葉のアヤなのです。

 

「景気」に関していえば、はまりやすい落とし穴があるので、ここで改めてしっかり確認しておきましょう。

 

いわゆる「バブル」は、経済の正常な姿ではないという認識を、今では日本人の誰もが持っています。しかし同時に、あの頃は「景気」が良かったという印象を、しっかりと脳裏に焼きつけている人が少なくないようです。すると、その後の状況を、「景気」が悪い、「不況」だという、従来型の景気循環の「下降局面」と混同することになってしまいます。実際は正常な経済への調整過程なのに、それを「不況」と捉えるから、対極として「好況」があるはずだと思い込む「循環論」にはまり込んでしまうのです。

 

好況と不況の局面が循環する、資本主義経済に特徴的なメカニズムが機能するのは、「人間の飽くなき欲望」が社会の大勢を支配している場合です。「バブル」の学習によって、意識を転換させた人々が時代の動向を決める状況では、このメカニズムは機能しません。

 

この10年間、実際に起こっていることは、「バブル」の清算過程、また「景気循環」の消滅過程、そして「意識の変容」をベースとする正常な生活パターンへの転換過程にすぎません。別の表現をすれば、「新時代」への移行過程にいるのです。たまたま日本が、その先陣の役割を担っている---というわけです。

 

日本政府や企業は「世界戦略」にはまって漂流中

実際には、この10年間一度も「景気が回復」したことはなく、また過去にあったような「不況」もありません。人間の「普通の営み」があるだけです。ただ、「バブルの傷」があまりにも大きかったために、「治癒」は簡単ではありません。またこの間に、いわゆる「グローバル化」が唯一の「自助努力」だと安易に信じた日本の経営者が、「リストラ」の飽くなき追求などを行なって、自ら「不況的状況」を創出しているという事実はあるでしょう。

 

「グローバル化」の「震源地」はアメリカですが、その実態は「多国籍企業」の世界戦略であって、さまざまな機会にアメリカ政府が突きつけてくる「注文」は、その戦略を「代行」しているに過ぎません。日本の政府や企業が、それにはまって漂流している姿が見えるようではありませんか。これは、動けば動くほど深く沈むように仕掛けられた泥沼みたいなものです。

 

もしあなたが企業の経営者なら、「今が正常だ」という認識に切り替えるのが正解です。その上で、正常な企業の在り方を追求するのが「流れ」の方向だといえるでしょう。

 

「景気」が存在しないのだから、「景気振興策」は雇用問題への答えにはなりません。このような誤った前提に立つ経済政策と、何でもアメリカの真似をしようとする風潮が、日本の雇用問題をいっそう深刻なものにしている---という事実を知っておいてください。

 

それではアメリカはどうなっている?

ここで当然、「アメリカはどうなっているの?」という疑問が頭に浮かぶ読者の方もいらっしゃるでしょう。いまアメリカでは、日本の「バブル時代」と似たような状況が進行しています。その規模と継続期間から、かつての日本以上のバブルといってもいいでしょう。アメリカのバブル経済を牽引しているのは、「熱狂消費」とも言うべき旺盛な個人消費です。所得が伸びる一方で貯蓄率は下がり、月によってはマイナスの貯蓄率(借金超過)になることもあります。これは、相対的に所得の低い層が、クレジットやローンを組んで、無理をしてでも全体の風潮に付き合おうとしているからです。

 

失業率はほぼ4パーセントで、30年ぶりの低水準になりました。これは、アメリカの社会状況では、ほとんど完全雇用と言ってよい水準です。日本の「バブル時代」がそうであったように、誰が事業をやっても、「新規」でも「継続」でも、ほとんど失敗ということがありません。日本もそうなればよいと思いますか? それは、決して起こらないでしょう。日本人はいまや、「賢明な消費」の「確信犯」になっているからです。

 

このように、資本主義経済のもとでの、いわゆる「経済的繁栄」は、一にも二にも個人消費が鍵を握ります。仮に、アメリカの経済拡大が、この先も延々と続いたらどうなると思いますか。もしそうなれば、世界中の資源の大半を、アメリカが買い集めることになるでしょう―やがて「紙クズ同然」となるかもしれない、ドル札やアメリカ国債(財務省証券)と引き換えに。この「芸当」は、今のところドルが、世界の基軸通貨であるために可能なのです。

 

これに関連して、アメリカは、1人当たりでも経済全体でも、地球環境への排出・廃棄の量が世界一であることを決して忘れてはなりません。

 

日本の異常金利が生んだ苦しいクリンチ状態

困ったことに、アメリカの「バブル」の形成と膨張に、日本は大きく荷担しています。記録された貨幣経済の歴史のなかで、かつて一度もなかった「実質金利ゼロ」という超低金利政策によって、行き場を失った資金のかなりの部分がアメリカに集まる仕掛けになっているからです。これによってアメリカは、巨額の貿易赤字(輸入超過)を何年間も継続するという、「経済常識的な不可能」を可能にしています(ちなみに、1999年の貿易赤字は、前年比65%増の、2713億ドルで過去最大、このうち対日赤字も過去最大となりました)。

 

もし日本が、金利水準を常識的なレベルに戻せば、この構図は一瞬のうちに崩壊することでしょう。あるいはまた日本が、そのほとんどをドルで保有している世界一の外貨準備のごく一部でも、「ドル崩落」への予防措置として、金やユーロに転換しようとしたら---。これまた一瞬のうちに、「ドル崩落」と「(ニューヨーク市場の)株価崩落」は相次いで起こることでしょう。つまりアメリカの「バブル経済の崩壊」が起こるのです。これは、アメリカ経済への影響にとどまらず、北米への輸出によって持ちこたえている日本やアジアの経済にも大打撃を与えることでしょう。

 

もともと日本の低金利政策は、「景気」という存在しないものをあると思った「誤信」が出発点となっています。金利が低ければ企業はお金を借りやすくなって設備投資を先行させ、それが景気回復の牽引力になる、というケインズ理論のもうひとつの柱にも、しがみついたわけです。

 

もちろんこれは、現状での「景気回復策」としては無効の政策ですが、いつの間にか、(巨額の不良債権を抱える)銀行救済の決め手として「活用」されるようになりました。つまり銀行は、預金者から預かったタダ同然の資金を貸し付けて、自分はしっかり利息を取るわけです。これによって、民間から銀行への巨額の「所得移転」が恒常的なものとなっています。そして、そこから得られる利益が、いわゆる「公的資金の投入」と合わせて、「過去のツケの清算(不良債権の処理)」に使われているのです。

 

いまや超低金利政策は、「日本の金融を安定化させる」という大義名分のもと、銀行にとって一種の既得特権になっています。それがさらに、前述したようなアメリカ経済への影響につながっているのです。両者は、いまや金利を挟んでクリンチ(ボクシングで組みついた状態)となっており、身動きがとれない有様といってもいいでしょう。

 

「危うい均衡」の行き着く先は?

今は、多数の関係者の知覚力が麻痺してしまって、「異常」を異常と感じないムードが地球全体を支配しています。しかし、一方の舌で消費をあおって、他方の舌で省エネ・省資源を唱える「二枚舌政策」には矛盾が多すぎます。それでも、ギリギリまで「危うい均衡」を守ろうとする「悪あがき」は続くでしょう。

 

(1)   アメリカの「バブル」は膨張を続け、巨額の貿易赤字が継続する。

(2)   アメリカは他国、とりわけ日本に対して景気刺激策を求め続ける。

(3)   日本の「景気回復」は起こらない(「景気」自体が存在しないのだから当然)。

(4)   日本企業のリストラは続く(経営者は「不況」が続いていると思うから)。

(5)   日本は巨額の国債の発行を続ける(「景気が回復」するまでやるという)。

 

この状況は、かつての「大恐慌」や日本の「バブル崩壊」のように、内部要因で崩落するか、その前に「地球(ガイア)が悲鳴をあげる」ことをきっかけに崩落するか―。いずれかを間違いなく引き起こすことでしょう。

 

内部要因で崩落するケースとしては、「ドル価値(アメリカ国債の価格)」の暴落と、「円価値(日本国債の価格)」の暴落との、いずれの可能性も考えられます。どちらの場合も、金利が急上昇して、株価の崩落が付随することでしょう。皮肉なことに、アメリカは世界最大の「債務国」で、日本は世界最大の「債権国」。その日本の債権の大半が、ドル(アメリカ国債)で保有されているのです。この場合、「危うい天秤」のどちら側が先に傾く(落ちる)かは、本質ではありません。一方が落ちたとき、他方に乗っているものも同時に吹っ飛ぶのです。

 

積み上がった負債(アメリカの対外債務、日本の国・地方の負債)が巨額すぎて、現状況からの「ソフト・ランディング(軟着陸)」は、もはや可能性がありません。「荒治療による自浄」も期待できないでしょう。さて、あなたはどうしますか?

 

できるだけ早く、混迷の渦の外に身を置くこと

お勧めのコースは、できるだけ早く、経済をめぐる「混迷の渦」の外に出ることです。この「渦」は、不正、暴力、犯罪、戦争などを派生させます。「渦」の増強に荷担することは止めなければなりません。あなたが、すでに外に出ているなら問題ありませんが、そうでなければ、意識の転換が必要になってきます。それには、経済にかかわるこれまでの価値観、つまり学歴、地位、見栄、収入、物質的欲求などへの執着を180度切り替えてみるとよいでしょう。その気になれば一瞬でできることです。

 

身を縮めるのではなく、「豊かさ」の定義を変えることによって、「自縄自縛」を解き放つこと―。そのときあなたは、これこそ人生の目標だと固く信じてきたものが、実は、しあわせをもたらすどころか、からだを蝕み、自由を拘束するものだったことに気づくかもしれません。そしてそれらを手放せば手放すほど、自由に、楽になっていく自分を発見するでしょう。

 

何より、意識の転換が先決です。具体的な行動は、個別の状況に応じて、そのあと自然にわかってきます。これは逃避ではありません。この世界を変えるための、唯一の手段なのです。現状を嘆いてみても、一歩も前進しません。あなたが意識であれ行動であれ「渦」の外に出れば、その分だけ確実に「渦」が縮小します。それは「波及効果」を持つものです。やがて分かることですが、60億人の現実を変えるのに、60億人が変わる必要はないのです。

 

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