Q&A’15t3・「ガイア・アセンション」シリーズ

【目次】

(15/09.24) 続・日本人にもあった本格的な「未知との遭遇」

 


(15/09.24)
続・日本人にもあった本格的な「未知との遭遇」

(Q) 小松様

ご無沙汰しております。日本はすごい暑さと聞いておりますがお元気ですか?

本の改訂版が出来ましたので添付しました。

小松さんの名前をバックカバーに出させてもらえ、日本人の推薦文も出来た事は良かったです。

有難うございます。

 

7月21日UFOの集まりで初めてお金が払われた公演をし、好評でした。

次の大きなイベントは下に貼り付けたEXPOです。

Maryもスカイプでデンマークから公演し、Nさんも日本から来られます。

私の講演は25日で、音楽のショーをするので、引き換えにテーブルがもらえ、5日間本や絵も展示します。

http://newhumanitymovement.com/speakers.html

 

以前お知らせした本を書いている人が、4年がかりでMaryの本を日本語に訳せました。

H社でも本を出したので、色々出版社を当たったそうですが、見つからなかったそうです。

彼からの前回のメールでは、ISBNの無い出版を考えているそうです。

Maryの本が出版された後、私の本を訳してもいいそうですが、2冊の本を平行して書くので4年かかるとの事でした。

私の本も出版社が見つからない可能性は大いに有ります。

Maryは4年待ったので、何でもいいから早くメッセージを日本でも伝えたいという意向です。

日本では、こういう話題がこんなに難しいとは意外でした。

 

また私の書いていた日本語の本ですが、3冊の小さな出版社で通りませんでした。

最近は、アマチュアの本を出版社はめったに取らないとのことだったので以後投稿は止め、他の方法を来年にでも考えます。

アメリカでもUFOのグループ以外の人は、なかなか集まりません。

如何したらいいものかと苦悶しています。

近況を御伝えいたしました。

 

(A) 拝受しました。

改訂版が実現してよかったですね。

このジャンルの本について、日本の現状は前にお知らせした通りです。

 

それとは別に、本の流通について日本独特の仕組みを知っておくといいでしょう。

とりあえず関係が深いのは、「委託販売制度」と「取次(とりつぎ)」と呼ばれる機能の存在です。

前者は出版社が書店に販売を「委託」することで、書店は送られてきた新刊書を3か月以内であればいつでも出版社に「返本」できるという仕組みです。

後者は、この仕組みの下で出版社と書店と媒介する会社(本の卸し会社)のことで、「トーハン」と「日版(にっぱん)」という巨大会社がその代表です。

 

そこで出版社は、印刷した本の大半を「取次」に持込み、それを「取次」は全国に無数にある(ネット書店を含む)書店の、どこにどれだけの部数を送るかを、過去のデータなどを基に決定します(これが「取次」の最も重要な機能です)。

当然ながら、大都市の大型書店には多く「配本」され、小規模書店には「配本ゼロ」も珍しくありません。

書店としては、1200件とも言われる新刊書を、どう扱うかが経営上の重要な判断となります。

書棚のどこに並べるか、最も目立つ場所に「平積み」にするか、あるいは「返本候補」として店頭には置かず、後日まとめて「返本」するために、そのまま倉庫に積んでおくかという。

出版社からすれば、3か月を一区切りとして、「返本の洪水」に見舞われるか、意外に返本が少なく「増刷」を検討するかなどの分かれになります。

 

したがって、お気づきと思いますが、翻訳が出来たところで著書出版の出発点にも達していません。

翻訳自体のレベルが低ければ、部数が出る可能性はほとんどないでしょう。これは、その著者が訳した他の本の文章を読めば、直ちに判断できます。

翻訳出版で「難解な本」と言われるのは、ほとんど例外なしに原文が難解なのではありません。

翻訳で問われるのは、(原文の意味を完全に理解することは当然の前提として)英語力ではなく国語力(日本語力)です。構文や語彙の選択を含めて「魅力的な日本文」になっているかどうかで、末端の書店での扱いが違ってきます。

ベテランの書店員は、本の表紙や目次を見て、本文のどこでも数行読んだだけで、どう扱うかを判断できるでしょう。

例えば体験記の分野で言えば、田口ランディさんの『癒しの森―ひかりのあめふるしま 屋久島』のような本だったら、絶対に返本候補になることはないでしょう。

 

ISBNの無い出版」というのは、上のルートに乗らないので出版する意味があるとは考えられません。

著者が出版についての全ての危険を負担する、いわゆる自費出版でさえ、ISBNを取得するのが一般的です。

そもそも出版契約が、どうなっているか(有るのか無いのか)が問題です。

以前のメールに添付してお送りした、Judyの本『アセンションものがたり(上)(下)』の契約書第6項に書いてあるように、印税率(royalty)は定価の5%ですが、出版社は最終稿と引き換えに20万円を印税の前渡し金の形で支払うことになっています。

したがって著者としては、本がほとんど売れなくても、仮に出版社が倒産したとしても、少なくとも20万円は確保できます。それが、著書に対する敬意というもので、出版社の責任でもあります。

 

そこでこの先のことですが、英語版の出版が実現し、今回その改訂版までできたことで、あなたの今生での(本の出版に関する)使命は完遂したと考え、現在の本の邦訳版であれ別の本であれ日本での出版は完全に棚上げにするのがいいと思います。

そして、あなたの得意分野で勝負するのが本筋ではないでしょうか。

つまり、技術的には既に完成している音楽や絵画にさらに磨きを掛けながら、特に音楽を主軸とする活動に軸足を移すのがベターだと思います。

 

高級クルーザーの乗客にならなくても、あなたの演奏を手軽に聴けるなら、誰でも行ってみたいと思うでしょう。

そこに大きなポテンシャルがあるので、それを活用しない手はないと思います。

小規模の有料の演奏会からスタートすればいいでしょう。その会場の出口で、本や絵画を売るのも結構でしょう。

本を買った人には希望でサインをしてあげる。また絵画は葉書サイズの(有料の)ものを多数用意し、併せて額入りの大きいサイズの絵入り価格リストと購入方法を記載したパンフレットも机上に積んでおきます。

今後の全米での演奏活動のためのDonation Boxを置くのもいいでしょう。

また簡単な感想を書いてもらう用紙も備えておきます。それを例えばHP(ホームページ)で紹介し、話題作りに役立てることができます。

これの対象は“UFO freak”ではなく、あくまでも一般市民です。あなたの演奏に感銘して著書を読んだ一部の人が“UFO freak”になったとしても、それはそれで結構なことです。

 

まず地元からスタートし演目を変えて何回か開催した上で、段々と周辺に広げていくのがいいと思います。

どこの都市やエリアにも地域情報を伝えるミニコミ誌があり、例えば街角で見かける新聞スタンドなどで入手できるでしょう。それを、演奏会を告知する情報媒体として利用できます。あなたのHPが充実して多くの読者を獲得すれば、それも利用できますが。

会場は、地域の公共施設などにある簡単なスペースを利用すれば、少ない費用で済みます。

とりあえず専属のスタッフは抱えず、あなた自身が動いて、または友人や知人に助けてもらって進めましょう。

いったん始めれば、自然に流れが出来上がって、各地でボランティアを募集することも容易になるでしょう。

 

そのような演奏活動は、表面から見える以上に人々への貢献になります。

あなたの音楽を通じて人々にエネルギーを与え、癒してあげることが出来るのです。

分野は違いますが、例えば、こういうことがあります。

次をご覧ください。

http://www.the2012countdown.com/Connect_to_a_past_life.html

 

これは私のHPで彼らのチャネリングメッセージを時々紹介している、CarolynRichardが行っている“Key Past Life Session”に関するページで、今のところその冒頭に掲載されているのが、(日本での過去生を持つことが分かった)Helenという女性のSessionを受けたお礼と感想のメールです(“July 4th 2013”のSession)。

その末尾には、Sessionの内容そのものへのリンクがあります(〔Click Here〕の箇所:約45分)。

Helenの文中に、“Geisha's Life” “Dancing in the Temple” “Beautifully perfected dancing” などの言葉があります。

これらの表現を、欧米人の日本に対する理解レベルを補って推察すると、伝統と品格を完全に守ってきた日本舞踊の、神社や仏閣での「奉納舞」のようなものが浮かびます。

 

それが「芸者の仕事」と一体になっているのは、現代では京都東山で唯一「輪違屋(わちがいや)」が、伝統の維持と後継者育成の場として行っているケースがあるのみだろうと思います。

Helenのケースでは実際の年代は明らかでありませんが、近くとも江戸時代の初期で、当時の神社や仏閣で「奉納舞」に限らず、もっと様々な機会に行われていたかも知れません。

イメージとしては、こういう感じでしょか。

https://www.youtube.com/watch?v=WzGdV9whsDA

 

ここでの話のポイントは、Helen文中に次のように書かれているように、sessionを通じて自分の今生の意味と取り組むべき方向が、そして美しく完璧な表現の中にスピリチュアルな意味があることが、初めて分かったと言っていることです。

 

The direction I was given on what to do currently, in my own specific way as healer is invaluable.

 

This is the spiritual meaning and the skills of this beauty and perfection. It's why my soul chose this lifetime. That's what I can bring down to my current lifetime.

 

【関連】

日本人にもあった本格的な「未知との遭遇」

Julliena Okah Webサイト

(冒頭にHomeとある小窓をクリックするとプルダウンメニューが現れ、彼女の絵画や音楽を視聴することができます)

One Life, Many Worldsby Julliena Okah

(出版社のページ)

One Life, Many Worldsby Julliena Okah

Amazon USAのページ)

 

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