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Q&A’17e1・「ガイア・アセンション」シリーズ


(17/05.08) 創造主は人類の現状から地上天国への道を詩(うた)に詠まれ夢にも託された

(Q) 小松様

この度、大神さまのお導きにより、『ひめみこの詩〜うた〜第二節 天国へのいざないを始めさせていただく運びとなりましたのでお伝えいたします。

Harmonic Space』のサイト内に掲載させていただく形になります。

         

 ▶まほろばの光―創造主

 ▶帰郷の時―宇宙船乗船の夢とメッセージ

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

(A) 拝見しました。

ありがとうございます。

ひめみこの詩うた)』第二節のスタート、おめでとうございます。

 

一連のメッセージを拝見し、特に創造主が「おのれの内に籠りし身魂たちを開放せむと 心砕く日々」とか「人間模様は わたしのあらわれか なにゆえに 混迷は続くのか」と仰せられる、人類の実情を日々に痛感しているだけに、人類にとって「天国への道」が容易な道のりでないことを改めて認識させられます。

しかも「その日」までの期限を引き延ばすことが仮に可能であるとしても、事態が改善される見込みがない点に、この問題の深刻さがあるとみています。

 

以下が、それぞれのメッセージについての私の感想です。

 

始めに、まほろばの光―創造主への感想です。

これは、創造主が4首の「詩(うた)」を詠んで現在の関心事を表明されたものですね。

 

◆〔第1首〕〜天国〜

 

これは、「新生地球」へ移行した人類の描写。

「宇宙の実験場 惑星地球」に地球人として転生し、宇宙の進化を刺激する「役割(ゲーム)」を立派にこなし「本来の姿(神の分霊としての神人)」を取戻し、「永遠の命」を得て、創造主を身近に感じながら何の心配もなく楽しく生きる日々。

そこは誰もが追い求めてきた「天国(まほろば)」で、まさに進化した宇宙同胞の生き様そのものでしょう。

 

――そしてほとんどの人がそれはゲームだということを忘れて、そのような情熱やコミットメントを携えてそれぞれの役割を担っています。しかし、どんなものでも良いゲームなら、そうしたものではないでしょうか?

 

――そして私はこのゲームを、驚異と喜びをもって観てきました。私のこの上なく美しい創造物によって、それほどまでの情熱を持ってプレイされているこの生命のゲームを観てきたのです。

創造主 アセンションと2012年を語る@

 

◆〔第2首〕〜ひとりごと〜

 

こちらは「人類社会の現状(テラの状況)」を詠まれたもので、「このまま天国へ移行できる」とは、創造主だけでなく、天界や宇宙同胞の方々、そして人類の誰も思わないのではないでしょうか。

 

――そこは対立抗争とストレスが支配的な世界。

国家間、民族間、宗派間などの敵対関係が絶えることがなく、むしろそれを権力構造の維持強化に利用するために「仮想の敵」の脅威が際限なく煽られるので、市民の多くが「ひと波乱ありそうな」危機感を常に持たされ、心休まる時がない。

 

資本主義経済原理の支配下で、企業は、売上利益の動向を最高の指標とするグローバルな評価基準のもと、絶えず国際資本や同業者などによる企業買収または倒産の脅威にさらされ、新技術や新しいビジネスモデル登場の煽りを食らうことも含めて、安定した経営を維持することは容易でなく、社会貢献や従業員への利益還元は二の次となる。

これは、全体として限りなく成長し続けなければ維持できない経済構造で、鉱物資源やエネルギーの主体を地球(の内部)から「日増しに多く」奪取し続けることになり、先々への展望が開けないだけでなく、消費に伴う排出や汚染の削減、そして地球環境や他の生きものへの顧慮は「できる範囲で行う」程度に留まる。

 

企業間のみならず、科学技術、スポーツや芸術、学業など、あらゆる人間の営みの中に「競争原理」が持ち込まれており、ノーベル賞やオリンピックメダルなど表彰や賞金が刺激剤として活用されるが、「今日の勝者は明日の敗者」でストレスと浮沈を常態とし、刺激はあっても心休まることは少ない。

そして企業も人も、お金の魔力に操られる「拝金主義」に陥る。

 

マスメディアやコマーシャルが人心操縦の手段として広く「活用」され、スマホやSNSなど新奇な情報メディアの普及も含めて、人々は有り余る情報の洪水に呑みこまれ、何が本質で何が真実かを見定めることが容易でなく、生活の安定性や前途の展望が描けない、落ち着かない日々を送る。

 

そこで、創造主が言われるように「人々の心の叫びが 響き渡る」のでしょう。「こんな世界に生きるのは、もう御免だ」と。

そして、「テラが身を震わして 訴えてこようぞ」とは、この先で起こるべくしておこる「地球変動」の予告でしょう。

 

なお、「心おごり」と「心閉ざし」は同じコインの両面で、人は権力構造の階段を昇るほど「独善的」となり、自分しか見えなくなる傾向を持つので、他者の状態に関心が向かず、話を聴こうともしないのです。

したがって神が見えず、テラの実情に思いを馳せることもしないでしょう。

 

人は無能のレベルに達するまで出世する」(ピーターの法則)

 

◆〔第3首〕〜テラのゆくえ〜

 

冒頭で、「顕在意識=自我」だけで生きている人の多いこと、それによって誰もが持つ「神に繋がる不滅の光=」の訴えが置き去りにされていること、そして、そのような状況が「地球テラのゆくえ」に関係していることが示唆されています。

 

万物の集いしテラ」は、宇宙でも希有と言われる惑星地球の多様性の世界を意味しており、それは人類だけでなく、自然界の多種多様な生き物たち、そして(意識を持つ存在としての)鉱物をも含めているでしょう。

そのざわめきに 心が痛む」のは、人類が彼らの生存権や存在意義に十分の配慮を行わず、事実上「支配下の有用物」程度の認識でアプローチしてきて、彼らの苦難が限界に来ていることを創造主は、「そのざわめき」として感じ取られているようです。

これは、動植物については「種の急速な絶滅」などとしてかなり自明ですが、鉱物について例えば石油は、絶えず運動している「地球という巨大な生命体」の「潤滑油」という本来の役割を持っており、「その奪取が地球を加害している」ことを、高次元の存在から伝えられています。

 

わたしは 決めておるのだ 何が どのように進み 経過を辿るか その道をな」という言葉からは、「前首(第2首)〜ひとりごと〜で詠われた、「山がとどろき 海がどよめく テラが身を震わして 訴えてこようぞ」を連想させられます。

 

◆〔第4首〕〜触発〜

ここでは、「神は光そのもの 光 それは すべてを生かし 進化させ成長を促す」と、「光がもつ作用力」を言われているようです。

そして「魂に あふるる光が充ちてくるなれば おのずと 心も体も 光に満たされるもの」と言われる主旨は、「私たちが充分の受容れ態勢を整えれば、自然と宇宙からの光が射しこんでくる」ということでしょう。

 

おのれの沈みし心 抑圧されし分霊」とは、「前首(第3首)」の冒頭で触れたように、「顕在意識=自我」だけで生きている人の多いこと、それによって誰もが持つ「神に繋がる不滅の光=」の訴えが置き去りにされていることを指しており、「沈みし心」は「次元の低さ」を指しているようです。

そうしたくさび」は、自分で造っているもの、いわば「自縄自縛」なので、意識を切り替え「光をめいっぱい浴び」れば、簡単に外れますよと言われています。

 

最後の言葉「わたしに すべての照準を合わせ」は、これまでにも何度か言われてきた、この段階で「私たちが持つべき核心のスタンス」で、それによって「よみがえりを図るがよい」、つまり元々持っていた本来の姿へ戻るようにしなさいと勧められています。


次に、帰郷の時―宇宙船乗船の夢とメッセージへの感想です。

 

これは「2幕構成」で、それぞれに「第1場(ひめみこさんの夢)」と「第2場(創造主のメッセージ)」がありますね。

 

◆〔第1幕 第1場〕《2017410日の夢

 

私の知らない見知らぬ場所に、十数名の人々と集まって話をしていた

これは、こころざしを同じくする人たちで、いずれにせよ人数は「数少ない」ということでしょう。

 

すると一機、胴体は白、左右の翼は薄紅色の飛行体がどこからともなくやってきて

突然左右の翼が折れ曲がり、深紅色になり

これは、まず誰もが見馴れており乗ったこともある旅客機の形によって、違和感なく安心して乗ることができる印象を持ってもらい、次に形と色の両面で変身したあと、突然消えるという「神秘」を演出して、次に来るものへの期待感を抱かせ、「未知との遭遇」をスムーズに行えるようにする工夫でしょう。

 

すると、脇道から一人の男性がやってきて、『迎えにきたからみんなで並んで広場まで来る様に』と告げられた

この男性は宇宙同胞が変身した地球人の姿で、しかるべきタイミングで「迎え」があることは皆が知っていたので、素直に従うことができたのでしょう。

 

そこには一人生まれたての赤児がいて、赤色の生地に模様のある布に包まれていた。"この子はどうする" ということになったが、連れて行くことになった。その赤児には、何か分からないが、大切な意味がある様に感じた

ここでの「赤児」は、身寄りのない幼少の子供たち全体の象徴で、彼らは自分独自の判断を持ち行動することができる段階ではないが、「人類全体の大切な宝」だから「親がどうであろうと無条件に新生地球の一員とする」という配慮が必要ということでしょう。

もう一つの解釈または込められている意味として、「赤色の生地に模様のある布」の「赤色の生地」はヒトの血液で、「模様のある布」は(多様な色を持つ)皮膚を現わしており、地球の様々な人種を分け隔てなく扱いなさいという主旨だと考えられます。

 

広場に着いたが、私達以外は誰も集まってこない

これは正に人類が抱えている根源の問題で、多くの人は、マスメディアやコマーシャルなどに操られるままに、個人的な目先のことに捕らわれて、現状に不満を抱きながらも、「この時代の真実」にまで関心を向ける余裕がないのでしょう。

 

◆〔第1幕 第2場〕〜創造主のお言葉

 

こたびの夢 人類を代表し 常に 私に照準を合わす者にとっては 朗報であり

これが「朗報」である理由は、「その日」が来る前に宇宙同胞による救出がある、または全く夢の通りではないとしても何らかの救出活動が、創造主を「ないがしろにして」いない者に対して、行われるという「約束」が与えられたことでしょう。

 

それを どれだけ おのれの肚に落としているかが鍵になる

この意味は、「どっちに転んでも損がないように頭の片隅に入れておく」という程度の心構えでは駄目ですよと、創造主は「釘を刺された」ということでしょう。

 

こたびの夢の様に 救われる者の少なき事のなきよう

今回の夢は、「現状の延長としてのシミュレーション」を、創造主が示されたものでしょう。

つまり現状のまま推移すると、「新生地球の住民は極めて少ない」という、かなりさびしい地球と人類の未来を象徴しています。

 

キリリと気を引き締めて 出直すことである

これは、上のシミュレーション結果を受けて「何とかしなければ」と思う方は、メッセージの本旨を汲んで伝えることに、「出直す」ぐらいの努力は必要と言われているようです。

 

◆〔第2幕 第1場〕《2017418日の夢

 

何階位になるのでしょうか。やや高い部屋からそのまま飛び立ちました

ここでの「」は、「やや高い部屋」の意味も同じですが、実際の生活の場がそこにあるわけではなく、それぞれの人の本質が持っている「波動レベル」を示唆しています。

人が持つ波動レベルには個人差がありますが、地球での普段の生活では、平均的な波動レベルから大きく外れない範囲で生活しています。

この場面では、宇宙船の波動レベルに近づける必要があったのですが、元々の生活の場がそれに近かったので、そのまま難なく乗船できたということでしょう。

 

そして少し下降して、いらか屋根の木の柱の門をくぐりました

これは、「現代文明」の渦中で人類の多数が生活しているエリアへの入口を、くぐり抜けたことを示唆しています。そうするには、上記の理由によって、「少し下降」する必要があったわけです。

そして何かの理由で、そこを通過してから目的地へ向かったのでしょうが、通過の途中では、波動レベルの違いで(お互いの視界には入っても)力学的接触は起こり得ない状態だったとみられます。

その人々の頭の上を、すれすれに音もなく、風もなく、静かに滑る様に移動していきます。私は、"ぶつからないかしら?" と思いましたが、手をあげている人がいても、何事もなくすうーっと通り抜けています

 

さて、この夢の核心は以下の部分です。

目的地に着いたようで、私たちは一旦降ろされました。
そこは、ビルの屋上のようで、言葉の通じない違う国の人々がいて、白地に赤い模様のある着物を着たり、きれいに着飾っている人がいて、その人たちは真ん中にある火を囲んで歌をうたったり、手をあげて踊ったりしています

 

上記したことと同様に「ビルの屋上」は象徴的な表現で、「言葉の通じない違う国の人々」の生活の場は、惑星地球の僻地の森の中で、もちろん地上でしょう。この場面は、まさに次の歌を連想させます。

 

♪草原に大きな陽が落ちて

森のホトトギス ク ク ク クゥーク

焚火の周りで歌をうたえば

影法師も一緒に ゆれている♪

 

ここは、現代文明に「汚染」されていない、先住民の集落でしょう。

いわゆる先進国に暮らす人々が、当然のことのように接しているテレビやラジオ、またインターネットなど「外部情報」とは完全に無縁の世界で、土地の伝統に従って生き生きと生活している民族や集落が地球には沢山ありますが、「その日」が来る前に、そのような人々を無事に「救出」するためには、地球人の「ボランティア」が必要とされるのでしょう。

 

したがって、「私たちも一緒に、少しの間、楽しみました」という具合に一旦は集落の皆さんに溶け込んだ上で、「その人たちに帰る事を告げるように言われました」という段取りになったわけです。

告げる」方法は、もちろんテレパシーで、彼らの中の特に長老には、それを受取ることができる人物がいくらでもいるでしょう。

帰る」とは、「本来の場所」つまり「創造主が待つ場所」で、彼らには、そこが「希望の場所」であることを、すんなりと理解できるのでしょう。

 

以上が、この夢の全体像ですが、それに、「隅の方に、薄汚れた感じの男性がお酒に酔いつぶれて座り込んでいる」という「オマケ」が付いたわけですね。

創造主の目からは、この集落の全員が「無条件に」救出する対象とされているようですが、この夢の中に当の男性を「挿話」として含めたのは、夢の中に「教訓」を提示されたと思われます。

 

おそらくその男性は、一度は都会に出て職に就いたものの夢破れて帰郷し、郷里での生活に「汚染」をそのまま持ち込んだのでしょう。いま多くの先住民社会で問題になっているように。

それが完全に本人の領域内に留まっていればいいのですが、社会生活の場では、今回のケースのように、周囲の人々に大きな迷惑を及ぼすことが少なくありません。

その人も、順番に乗っていただいたのですが、太っていて重量オーバーになったと言われ、乗れない人がでてしまいました

 

ここでの教訓は、からだが必要とする以上に飲食し、また身につけたりしないことでしょう(太っていて、モコモコした毛皮のような上着を着ており、ヒゲもぼうぼうです)。

これを敷衍すれば、この世界でよく見られる「人はお金を持つと、ますますお金を増やしたくなる」「人は権力を握ると、ますます大きい権力が欲しくなる」ことへの戒めとなります。

 

◆〔第2幕 第2場〕〜創造主のお言葉

その男のことは 非常に深い意味を込めておる

上記した「戒め」に加えて、ここでは「非常に深い意味」があると言われています。

それは「一人一人が さとること」で、それには「胸に去来するもの」を、「わたしからのメッセージ」として受け止めること。

 

そのポイントは、「胸に抱く」「胸に刻む」の言葉のように、意識の深い部分に「去来するもの」を感じ取ることできるかどうかでしょう。

それは、「お酒に酔いつぶれて」いたのでは無理な話で、自我をむき出しで私利私欲に心を奪われていても同じことでしょう。

気付ける自分になることが 何より 大切なことである

 

(Q) 小松様

こんにちは。

 

この度、最終章の幕開けにあたり、「ひめみこの詩〜うた〜第二節」として、大神さまよりこのようなお示しを賜わりましたことに心より感謝いたしております。

一連の夢とメッセージを受けとらせていただく中で、今、改めて自分自身のありようを見つめ直し、まっさらな心で向かい合わせていただきたいと感じている所でございます。

小松様よりも、見方や感じ方を深め、広げさせていただけますような数々の貴重なご見解をいただき、たいへん光栄でございます。

 

まず始めに「まほろばの光」の「天国」にて、私たちの到達点を掲げてくださり、続けて、「帰郷の時―宇宙船乗船の夢とメッセージ」にて、新生地球への移行に向けたこれまでになく明確なビジョンをお示しくださいましたことを、大きな希望として受けとめさせていただいております。

 

帰郷の時」への確信を揺るぎないものにし、希望を持って「最後の総仕上げ」の道のりを共に歩んで欲しい。

 

その様な、大神さまの深い想いを感じさせていただいております。

 

そして同時に、

――このまま 天国に移行できると思えるか

 

――救われる者の少なき事のなきよう

 

とのお言葉を真摯に受けとめ、多くの方々と共に天国に迎え入れていただけるよう、神の分霊として、常に創造主であられる主神(根源の意識)に照準を合わせることを意識し、取り組ませていただけることに専心して参りたいと気持ちを新たにしております。



"新生地球の住民は極めて少ないという、かなりさびしい地球と人類の未来"は、回避させていただきたいものです。

 

 

20164月に届けられましたメッセージ「美しきテラ…万物への祈りと賛美」では、「置き去りにされし その魂の 奥の奥に輝く確かな光」に気づき、源から流れてくる主神のおもいを感じさせていただくためのシンプルな方法をお伝えくださっております。

 

――人々よ
都会の生活に 身を削り 心をすり減らし
人と人とのあつれきに疲れて 体を横たえる
そうした暮らしに 埋もれてはおるまいか

 

――何より大切なのは
われよしの心を捨て去ることと思う
人間がどの存在よりも上だとあぐらをかくことをやめようではないか
神は その様な心を蔓延させるために 人間を創られてはいないはず
確かに万物の霊長とは申すが 意味をはき違えてはならぬ

大昔 人々は万物にも神が宿ると敬い 尊厳の心を持って接していた
いつの間にか そうした心が忘れ去られ 人間様と成り下がり
神の創り給いし 美しきテラに 君臨する生き方を身に付けた

謙虚に反省し 万物を敬う心を取り戻し
尊厳の心を持ってのぞもうではないか

宇宙(そら)を見上げるが良い
東天高く 太陽がきらめき 永遠の輝きを放っている
広く深い青空 織りなす さまざまな雲の行方
夜空 を彩る 月や星のまたたき

自然豊かな田舎が いまだ ここかしこに残されておろう
心を安める時をつくり 心身共にリフレッシュすると
おのれの中の神性が現われてこようぞ

忙しく立ち回っているだけでは 心も体も蝕(むしば)まれてゆくばかり
近くの公園や 緑のある場所
道端のちいさな草花 生き物
そうした営みに 心を向けて 一日一日を送るだけでも
新世界が引き寄せられるもの

いつくしみの心 優しい心が引き出され
自然のたえまない歩みと 力強さを感じ
そこに神を見出すことであろう

今まで 踏みにじってきた あるいは 気付けなかった
自然界の営みに心を向け
感謝を捧げ
大いなる神を お讃えし
新たなる旅立ちを共に歩みたいと願う のである

わたしはフランチェスコでありクートフーミ

主よ 永遠に栄えあれ
アーメン

 

 

生かし合う命―クシナダ様と森の精霊からのメッセージ」では、"森の精霊さん"からの次のようなメッセージもございました。

 

――ねぇ ぼくたちは都会に住めないから どんどん森の奥に引越しているよ
だけど 緑の少しでも残っている所
立ち木には ぼくたちの仲間の精霊さんがいるんだよ

心あるお姉さんやお兄さんがいたら話しかけて欲しいんだ
なんでもいいんだ
それが 木々や花々を元気にしてくれて
ぼくたちにも伝わってくるんだ
よろこびになるんだよ

 

 

母なる地球〜テラ〜、テラに息づくあらゆる生命とのつながりを感じ、感謝をさせていただくことを日々大切にして参りたいと思っております。

挨拶や、自然美を讃える言葉、感謝の言葉などをお伝えさせていただくことで、目には見えない精霊さんたちの世界にも元気やよろこびが広がってゆくのですね。

 

創造主のお言葉に、

――これまでも 微に入り 細に渡り 私は 手とり 足とり 導いて参った

 

――私のおもいを伝え聞かれし者は しあわせなのだよ

 

と、ありますように、このようなお導きをいただきながら、天国への道を歩ませていただいていることは本当に有り難く、幸せなことと改めて感じております。

より多くの方々と、この時代にもたらされております光を分かち合うことができますよう、心より願っております。

 

【関連】

「最終章」の幕開けに当たる私の想い―創造主

もう 待てぬのだよ 最終章に入る時が参った―創造主

新世界への扉―創造主

 

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