2011年3月24日
小松 英星
(ホームページ読者からのメール)
一つ教えてください。
今回の大地震により大規模計画停電が実施され、大混乱が起きていますが、そこまでしないといけないほど、本当に電力が不足しているのでしょうか?
本当は皆が少しばかり節電すれば十分電力を供給できるレベルなのに、今回の相次ぐ原発事故により原発反対論が激化して、発電所が閉鎖に追い込まれて自分達の儲けが減るのを電力会社が恐れ、「原発がないと電力がまかなえない」と皆に印象付けるために、国民を巻き込んで、電力会社、政府がグルで一大芝居を打っているのではないか、と私は疑っているのですが。
(京都市、女性)
今回の停電について、3月20日の朝日新聞社説で比較的まっとうな見解が述べられていました。これに関しては、私も同感です。欲を言えば、もっと深く背景を掘り下げて、社を挙げたキャンペーンとして取組んで欲しいところです。
今回、菅首相は実施直前の夜「苦渋の決断をした」と言っていますが、その帰趨について明確な展望もなく承認したことを、「口先だけ」で誤魔化そうとしているようにしか見えません。
また東電も、その承認が得られるという確信を事前に持っていなければ、翌朝の6時から実施出来るわけがありません。
私も必要があって3月14日に東電のHPを見たところ、1つの市だけで数ページもある関東一円の詳細なグループ分けが既に掲載されていました。
3月11日14時46分地震発生、13日夜:菅首相メッセージ発表、13日夜:東電計画発表、14日午前6時〜実施。あまりにも手際がよすぎます。
おそらく、原発事故の直後から(というより何年も前から構想として準備していたシミュレーションプランの中から選んで)作業を始め、ある時点で「同じ穴のムジナ」の経産省を抱きこんで作戦を煮詰め、ギリギリの時点で首相に上げたのでしょう。「総理はどうにでも動かせる」ことを十分に知っていて。
もし東電が、巨大地震が起こり原発事故に遭ってから計画停電の作業を始めたのなら、間違っても被災地を対象域に含めたままスタートするわけがないでしょう。既に出来上がっていたプランから、被災地を消すことを忘れたと思います。
経産省と東電との癒着は、前身の通産省時代に、退職した事務次官を2期連続して東電副社長に送り込んで以来の「伝統」なのでしょう。この点、自民党も決して褒められたものではありませんが、「天下り」の最近の事例について、自民党政権時代から一貫して国の原子力政策(特に「核リサイクル」)に警鐘を鳴らし続けてきた、河野太郎氏の見解を紹介しましょう。
・http://www.taro.org/2011/01/post-887.php
電力会社は口を開けば「節電」を言いますが、本音は電気をジャブジャブ使って欲しいのです。何しろ売り上げを増やすにはこれしかない。だから「オール電化住宅」などに力を入れる。
そして下(*)に書いたように、稼動設備を増やせば認可料金の利益分が増える仕組みになっており、それに原発ほど好都合なものはありません。一挙に巨額を稼動設備として上乗せできること、そして発電設備が過剰になっても「定期点検というブラックボックス」でいくらでも調整できる。
したがって何年間も、設備を、特に原発を増やすことに腐心してきたのです。
電力会社にとって唯一ままならない問題は、公的事業者として全般的な停電を絶対に起こさないためには、常に実需よりも大目の発電をせざるを得ないこと。これはコスト増の要因です。
発電設備が巨大になればなるほど、特に原発は、稼動の〔ON/OFF〕を短期間の需要変動に対応して行うことは難しくなります。
一方、送電(電気供給)の〔ON/OFF〕は、極めて簡単です。
そこで、需要の季節変動や昼夜間変動、また天候の具合などの予測データによってギリギリの発電量にしておき、危ない時は、いつでも供給サイド(出口側)の〔ON/OFF〕によって、つまり「計画停電」ならぬ「身勝手停電」によって調整することが出来る「権利」が持てれば、これほど「利益追求」に好都合なことはありません。
これが、原発事故という「追い風」の、ドサクサ紛れに東電が実現した「宿願」と言えるでしょう。
だから今でも、翌日の予定は告げても変えるかもしれないという条件付き、翌々日以降のことは全て前日にならないと明かさないのです。
ところが実際に起こっていることは、予告どおりに実施されることはむしろ例外で、予定時刻になっても始まらず、また始まっても途中で突然に通電することが珍しくありません。電気を使って欲しいから、余剰が出そうな時は直ちに通電するわけです。
全体としては、おそらく4分の1も実行されていないのではないでしょうか。
しかし、「やるぞやるぞ」という脅しが効くので、市民生活や企業運営から「一切の計画性を奪う」ことになります。
翌日の予定すら定かでないのだから、先々の予定が立てられるわけがありません。
こうして、あちこちで人が集る行事が中止になっています。
行く側にとっては、交通がどうなるかが分からない、やるのかやらないのかが分からない。主催者にすれば、人が集るかどうかが見通せない、途中で停電になったら困る・・・等々。
何ヶ月も前から準備してきたものを、あるいは毎週のように練習を積んでいる持続的な行事を、中止せざるを得ない。
停電は、エレベーターを止めるだけでなく、供給システムに電気を使っている水やガスも使えなくすることがあります。電話(光電話やFAX兼用電話)なども使えなくなります。
この状況は、工場の生産や店舗の運営についても似たようなものでしょう。
これは、東電管内でない地域にとっても、他人事ではありません。
東北電力が、既に当然のことのように東電に追随しようとしています。東電以上に原発依存度が高い電力会社として、北海道連力、関西電力、四国電力、九州電力などがあります。
一民間企業に、こんな野放図な権限を与えていいものでしょうか。
しかも、原発に絡んで悪質なデータの改ざんや隠蔽を散々やってきた企業に。
【霞ヶ関・永田町そして内幸町(東電本社)に停電を】
今回の停電は、きわめて公平を欠いている点も特徴のひとつです。
東京23区は、最初から除外されています(足立区と荒川区の一部を別として)。また他のエリアでも、グループ分けには掲載されていても、実際には実施されないことが明確になっているグループがあります。
もし東電が、実施地域と非実施地域とで同一の料金を徴収し、実施地域に対して何の補償もしないとすれば、法的に極めて問題があることは間違いありません。裁判が起こされたら、東電に勝ち目はないでしょう(顧客を2群に分け、夫々に異なる品質の商品を提供する営業行為)。
皆さん、今から「停電による損害」のデータを整備しておきましょう。
すべての人の生活が、すべての企業の営みが、等しく貴重なものです。東京23区だけを特別扱いする根拠はあり得ません。
一民間企業の「恣意」にさせていい次元のものではないでしょう。それを事もあろうに、最も粗雑な神経で事業を運営している東電に任せるとは!
東電の粗雑さ加減は、上記した被災地を停電域に含めたこともそうですが、街中に野放図に「増殖」させ決して整理整頓しようとしない電線群を見れば一目瞭然です。
この日本の街の姿と、東電が「あぶく銭」を使ってやってきた「ヤマトタケル」などの「TEPCO・1万人コンサート」の映像とのギャップの大きさを見てください。
・http://www.tepco.co.jp/event/fureai/concert_1man-j.html
(図らずも、ここにあるブキラボーな中止の告知が、東電体質を象徴しています)
粗雑と言えば、たまたま手にした3月23日付け東京新聞朝刊に、福島原発の設計に携わった東芝の元社員2人の証言が掲載されていました。
それによると、「M8以上の地震は起こらない」と言われ、10mを超えるような大津波は設計条件に与えられていなかったとのことです。
また別の元社員は、M9の地震や航空機が墜落して原子炉を直撃する可能性を想定しようとすると、上司に「原発自体が数十年しか稼動しないのに、千年に一度や万年に一度のことを想定してどうする」と一笑に付されたとのことです。
この程度の粗雑な根拠で、日本の原子炉の「安全」が喧伝されてきたわけです。
停電の実施・非実施の不公平を是正するだけでなく、この「身勝手停電」の実相を関係者が正しく認識するために、急いで霞ヶ関・永田町(中央省庁・国会・首相官邸・議員宿舎)そして内幸町(東電本社)に停電を実行することを提案します。僅か2日で関東全域の詳細なグループ分けをやったなら、これが出来ないわけはないでしょう。
国民を信頼しないで強引に事を進めようとする東電や経産省の目論見に反して、すでにスーパーやコンビニなどが照明を3分の1程度まで落とすなど、贅肉(過大な照明)を削る動きが広がってきています。したがって、停電が「計画通りには」実施されないことになったわけです。
実情を正直に開示して国民全体に自発的な行動を呼びかければ、工場でも家庭でも、現状以上のことが出来るでしょう。
これこそ、最初に政府が採るべき、菅首相が決断するべき手段だったのです。
簡単に「大規模停電の脅し」に乗らず、産業界を含めた国民的合意によって必要な「節電」を目指す道です。
その延長として、電力需要の持続的な減少が全般化して、「停電も原発も要らない社会」へ日本全体が変わってくことが期待できます。
今からでも軌道修正は可能です。
「首相のお墨付き」を、東電の、そして電力業界の「既得特権」にすると国民は浮かばれません。
この先、「特権化」しようとして東電や経産省が繰り出すかもしれない「小細工」を、厳しく監視しましょう。
【中立的な監督機関が必要】
今回のように「無様なこと」になった背景として、積年の「天下り」を通じて、東電と経産省(資源エネルギー庁)が「グルになって悪巧みをする」という構図があることは間違いありません。
現状は、国民の期待を背負って政権をとった民主党が、まるで「ミイラ取りがミイラになる」どころか「ミイラ以上のもの」になっているのが不幸なところですが、何としても経産省から電力業界などの監督権限を取り上げて、会計検査院や公正取引委員会のように独立性と高邁な使命感を持つ「公的事業者監督機関」のようなものを設置する必要があります。
これには、弁護士や一般の企業人または社会活動家など、要員の多数を民間から起用し、決して経産省の「色に染まった人物」を横滑りさせないようにするべきです。
監督官庁との「癒着」が見られる事例は他にも多々ありますが、まずは電力でしょう。
何故なら、原発をどうするかという国家的課題が目前にあり、「癒着の構造」からは正しい答が出ることは期待できないからです。
さらに、それに関連して、戦後永く続いてきた(巧妙に問題点が隠されてきた)電力料金の決定システムを、電力業界の「原発への狂奔」を止めるために、抜本的に見直す必要があるからです。
原発の「定期検査」の実態を含め、設備能力を精査し、需要との関係を明確にすることもそれに含みます。
こうした制度的改革と、上記した「節電への国民的合意」が軌道に乗れば、今回の地震と原発事故を「禍をもって福となす」ことになるでしょう。
【補足】(ある質問への回答から)
《先に頂いたメールにプルトニウムのことが書いてありましたね。
まず、福島原発には第一と第二があり、第一は6基、第二は4基です。そして、第一に7,8号機を増設しようとしています。
このうち、第一の3号機を除いて残り全部が、燃料として濃縮ウラニウムを使っています。
元々第一の3号機もそうでしたが、昨年10月から「ドサクサ紛れに」燃料としてプルトニウムを半分程度混ぜたもの(MOXという)を使う「プルサーマル」へ移行しています(他の炉以上に危険で厄介な代物になっています)。
しかし在来型の炉でも、燃焼に伴ってプルトニウムが生成されるので、原子炉内の(ウラニウムでなく)プルトニウム(の意識)に「(いたわりとクールダウンを応援する)声を掛ける」ことも間違いではありません。
ちなみに、使用済み核燃料からプルトニウムを取り出すのが「再処理」で、これまではイギリス(セラフィールド)とフランス(ラ・アーグ)に委託して(それに付随して発生する放射性廃棄物は全て返送されて)いましたが、これを青森県六ヶ所村で「国産化」しようとしています。
今回の事故で、7,8号機の増設は間違いなく頓挫するでしょう。
また既設炉の相当数が燃料棒溶融や炉内への海水注入によってリカバリ不能になり、自動的に廃炉にせざるを得なくなるはずです。これを「存置滅却」すること、つまり現地に置いたまま「棺桶」にする=「チェルノブイリ化」することが東電の狙いと見ています。それが最小コストで原発を廃却する手段だからです。》
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