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Q&A’17f2・「ガイア・アセンション」シリーズ
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(17/06.11) ことたまの さきはう 日々を送ってほしい―創造主

【注】:以下の十数行マークまで)は、わたしに照準を合わす―創造主と共通です。

(Q) 小松様

いつもありがとうございます。

新たなメッセージを掲載させていただきましたのでご報告いたします。

 

 ▶魂の目覚め 

 ▶神の子としての学び

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

(A) 拝見しました。

ありがとうございます。

 

今回の二つのメッセージは、二番目のメッセージ(ことたま)に「わたしとの対話 ・・・語りかけてほしいものである」とあり、これに関するクシナダのメッセージにも「日常の喧騒で あわただしく過ぎてゆく時を横に置き 神さまとの対話の時を紡いだり」とあるので、全体として一連のものともみられます。

 

以下は、それぞれについての感想です。

 

 

2.ことたま

 

言葉や文字は、国や民族による違いはあっても、人類文化に共通する(不可欠の)意思伝達手段という理解が現代では一般的ですが、本来の姿はそうではないということがメッセージの冒頭で強調されていますね。

 

――わたしの想いを 多くの ことば で 今 伝えておるが
この ことば も そなた達と より深く結ばれるために用意したものである

いつの頃からか 身魂の曇りしゆえに
想えば伝わるという意思疎通が困難になり

ことば を必要と感じたゆえ
新たな 意思疎通の手段として編み出したのである

いつの頃からか」と明言を避けておられますが、もちろん「アトランティスの崩壊の前後から」でしょう。

身魂の曇りしゆえに」とは、その頃から現在に至るまでの、抗争と戦乱に明け暮れる人類史の中で、地球の人類が全体として「波動的に」低落に低落を重ね、それが「DNAの劣化」にまで及び、本来の能力が大幅に減殺されてしまったことでしょう。

 

想えば伝わるという意思疎通」とは、もちろん「テレパシー」のことでしょう。

アトランティス崩壊前の人類が、創造主の意思によって創られた本来の姿を保持していたことは、多くの高次元メッセージによって教えられていることです。

残念ながら「アトランティスの真実」が、それを知らせないことで利益を享受する勢力によって、ほとんど完璧に抹消されたように、「人類が持つ本来の能力としてのテレパシー」のことも、それと一蓮托生で消されてしまったようです。

 

――2012年や人類史の大部分に関する大方の議論について興味深いことは、約12,50013,000年前にあなた方の惑星上で起こったこと、つまりあなた方がアトランティスの崩壊として知っていることについて、無視しているという点です。

また、その知識を葬り去ろうとして非常に熱心に働いた人たちがいます。彼らによって、化石に残された歴史やそのとき実在した証拠が、化石の記録というよりむしろ人工物などが、注意深く取り除かれました。それらはあなた方の惑星上で発見されたものですが、アトランティスの真実を実証するあらゆる証拠はことごとく破壊され、取り去られたのです。

創造主 アセンションと2012年を語るC

 

しかし「テレパシー」について、それがどういうものかを、私たちは宇宙同胞たちの生き様から知ることができます。例えば、人類と同様に身体(肉体)を持つ宇宙同胞の中で、最も進化しているとされている「ゼータ種族」に関しては、このように。

 

――お互いにテレパシーでコミュニケーションする能力があるから、私たちの間では隠しごとや不正や秘密といったものが一切ない。完全にオープンですべてが知れわたっている。私たちの共通の魂、つまりゼータ意識は、きわめて大きな、信じられないほど深い海につながることができるものの、私たち一人ひとりはその海の水の一滴でしかない。でも、その一滴一滴は水晶のように澄みきっているから、海全体は完全に透明で、道を外れた良くない考えが潜むような濁った部分や暗い深みがまったくないのだ。けれど地球では事情はかなり違っている。

アセンションものがたり(上)1

 

ちなみに、さまざまな宇宙種族によって構成される「銀河同盟」では、すべての種族が「テレパシー」によって意思疎通するのは当然のことであっても、その全体会合のような場合には、種族による「思考の波の速度の違い」を同期化する仕掛けが採用されているようです。

 

――巨大な講堂は、おびただしい数のさまざまな言語と方言で話される期待の混じったささやき声と、笑いさざめきで騒然としていた。各人の座席には特別な翻訳装置が備わっていて、その席に誰かが座ると、いつでも自動的にその人の意識に接続される。この方法によって、全員が、演壇で話している人でもとなりの席に座っている人でも、その話していることを楽に理解できる。

この言葉の問題は、私たちもよく使っているテレパシーによる直接のコミュニケーションによって、基本的には解決できていることだ。けれども、惑星種族によっては、思考の波の速度が他の種族と比べて速かったり遅かったりするので、座席に取り付けられた翻訳装置によって、物事が多少なりともスムーズにまた効率的に運ぶのだ。

アセンションものがたり(上)7

 

次に、「 ことば を必要と感じたゆえ 新たな 意思疎通の手段として編み出したのである」と言われるのは、創造主が、それまであった「意思疎通の手段テレパシー)」を失った人類の窮状を見て、「口を使って言葉を話す」新しい能力を、「言葉ことたま)」と共に各民族に与えられたものでしょう。

ちなみに「ゼータ種族」の口は、飲食や発声など人類のような役割を必要としないので、ほぼ完全に「退化」して「ごく小さい横線」に見えるものがあるだけです。

 

以上は人類の全体に該当すると考えられる想定ですが、それとは別に、日本語の基礎が形成されたとみられる「縄文時代」に焦点を当てると、今回の「ことたまメッセージ」がもつ独特の意味が浮上してきます。

そこで、世界に類例のない「日本の縄文時代」に関して、〔いよいよ世界的大浄化作が始まる―創造主〕から、該当箇所の一部(3か所)を下に引用してみます。

 

@――以下では、創造主が今回メッセージの冒頭に置かれた印象的な言葉について、私の考察をご紹介します。

 

――日のもと 日本よりいでし輝きたる太陽
その太陽が東天に昇り

 

日のもと 日本よりいでし」という言葉を冒頭に置かれた主旨は、メッセージの送り主がほかならぬ創造主であることを考慮すると、このメッセージを眼にする人々が現段階では主に日本人だというレベルを超えているという印象があります。

 

そこで直ちに想起されるのは、日本における「縄文(縄紋)時代」という独特の時代の存在です。

最も一般的な時代区分では、それは現在より13千年前から3千年前までの1万年の期間で、くしくも「ポスト・アトランティス(アトランティス崩壊後)の世界」に重なります。

ごく最近に至るまで十分な研究調査が進んでいる「縄文時代」の最大の特長は「完全な平和が維持された1万年」で、世界史に類例のないものです。

その質と期間の長さにおいて、アウグストゥス以後のローマ社会について言われる「パクスロマーナ(ローマの平和)」の比ではありません。

 

A――縄文時代を生み出した日本民族の原型は、ヴュルム氷期に向かう過程で、シベリアやモンゴルの樹林帯([]:「3万年前の植生」の図を参照⇒陸地の形状は現在とほとんど同じですが、植生は全く違っていました)を生活の場としていた民族の中で、適地を求めて陸続きの樺太を経由して南下してきた人々によって、また一部は浅海となった対馬海峡を小舟で渡って来た人々によって、構成されたことはほぼ間違いないとみられます(「旧石器時代」にも日本列島に人々が住んでいたことは事実としても、その数は極めて少なかった)。

そのことは、「ミトコンドリアDNA分析」による研究結果として、縄文人は、現在の日本本土の日本人や沖縄の住民やアイヌたち、そして朝鮮人やモンゴル人と近縁の関係にあり、東南アジアの人々や南太平洋の人々とは、あまり関係がないとされていることにも合致します(つまり「日本人の南方起源説」は否定されています)。

 

B――気象の激変により、植物相や動物相も急変します。

植物相は針葉樹林から落葉広葉樹林・常緑広葉樹林へ、動物相はナウマン象やオオツノジカなどの大型獣が絶滅して狩猟の対象がニホンシカやイノシシなどの中型獣へ、矢継ぎ早に変化していったのです。

植物の採集と狩猟や漁労を生活基盤としていた当時の人々に対して、急激な適応を迫ることになったでしょう。

その適応として、人々が互いに協力し助け合いながら46世帯程度の集落を構成して定住したと見られる遺跡が数多く発掘されています(竪穴住居跡、貯蔵用の穴、ゴミ捨て場、集会場または共同作業場など)。

それらの集落は地域的に孤立した存在ではなく、日本全体にわたって交流の輪が広がったっていたことは、集落の類似パターンや土器に見られる「縄紋」の共通性だけでなく、例えば産地が信州の和田峠や霧ヶ峰に限定される黒曜石(勾玉など)が、広く中部・北陸・関東・東北南部から発見される事実によっても裏付けられます。

 

さらに想像すれば、上のような地勢的条件を備え、外の世界から隔絶された日本列島を、志願した魂たちが惑星地球の自然の中での生活を実体験する「神の実験場」とする目論見があった可能性もあります。

ポスト・アトランティスの地球」に「ヒトカミ」が最も近くで交流する場を創り、それを「雛形(ひながた)」として世界全体に広めたいという。

その場合、創造主の意向を受けた「神々(天使界)」や「宇宙同胞たち」からの働きかけもあったと考えられます。

また、またヨーロッパの「ドルイド(ケルト民族)」やエジプトの「神々」、そして中南米の超古代遺跡を造った人々のように、事前に預言されていた「アトランティスの崩壊」を信じて早めに逃れてきた人々が、日本の縄文人に合流して指導的役割を果たした可能性もあります。

日本に数多くある巨石の超古代遺跡が、それを証明しているのではないでしょうか。それ以外の可能性が考えられないのです。

すべてがつながる―アトランティス⇒マヤ⇒ドルイド⇒ストーンヘンジ⇒石舞台

 

いずれにしても、アトランティス崩壊後の地上世界の動きに特別の注意を払っていたはずの創造主を始め高次元の存在たちが、貴重な「縄文の価値」を見逃すことは考えられません。

創造主の冒頭の言葉からは、「縄文再現」への期待が込められている印象を受けます。

 

――日のもと 日本よりいでし輝きたる太陽
その太陽が東天に昇り

 

(引用@〜B終り)

 

ここで、上記した日本独特の「縄文時代」の存在と同様に、いま私たちが使っている日本語(その原型)がもつ世界に類例のない性格に焦点を当ててみましょう。

まず、一般に知られていることですが日本語は、(デファクトの世界共通語となっている)英語以上に、シンプルな構造を持っています。例えば次です。

@音節が簡単で、英語のように“th”や“st”のような二重子音で始まる単語がない。

A英語とは違って、冠詞や前置詞を使わない。

B名詞に性の区分がなく、単数・複数の区分もない

C形容詞に比較級、最上級という特別の形がない

D関係代名詞がない

 

言語学者の研究によると、これらの特徴は、トルコから中国東北部にかけて分布する「アルタイ語(チュルク語群、モンゴル語群、ツングース語群の総称)」と文法構造が類似しています。

しかし日本語とアルタイ語との決定的な違いは、語彙(単語)の対応するものが少ないこと。そして「音韻対応」がとれないことです。「音韻対応」に関しては、日本語と朝鮮語との間でも、とれていないとされています。

 

「音韻対応」の実例として、例えば「日本語(東京方言)」と「琉球語(那覇方言)」とは、次のように完全な音韻対応がとれており、「共通の祖語」から別れた「同系の言語」であることが証明されています。

⒜腰:kosi(日本語)、kusi(琉球語):以下同順

⒝白:sirosiru

⒞他:hokahuka

⒟米:komekumi

⒠雨:ameami

 

広く世界の言語を見渡して「完全な音韻対応がとれている」大規模な語族としては、よく知られているように「インド・ヨーロッパ語族」があります。

これは、ゲルマン語(英語、ドイツ語など)、スラブ語(ロシア語など)、ギリシャ語、インド語(ヒンディ語など)を含み、「共通の祖語」から別れた「同型の言語群」であることが証明されています。

 

要するに日本語には、世界のどこを探しても、「共通する祖語が見当たらない」のです。

日本語の場合は、「縄文時代」という、「テレパシーによる意思疎通の手段」を失った「ポスト・アトランティス」の世界で、(海水面の急上昇つまり「縄文海進」によって)孤立した列島で単一言語が使われてきた数千年を超える歴史があるので、当然のことと思われます。

言語学者の立場としては、これでは困るのでしょう。明治時代の末ころから始まり現在まで、延々と「理屈づけ」の「甲論乙駁」が繰り返されてきているようです。

「発想の転換」をするだけで、「シンプルな答」が簡単に見つかるのに。

 

ちなみに、「言葉」に付随して、もちろん「文字」がありますが、後者は各民族が「必要に応じて」造り出したものとみられます。

例えば日本人の場合、アトランティス崩壊から1万年以上にわたり、また人骨や石器などの化石が発見されている旧石器時代からは数万年以上にわたって、「文字を必要とした形跡」はまったくありません。

ご存知のように日本で、中国から「借用」した漢字が、和歌などで本格的に使われるようになったのは天武朝(673〜)の頃からで、仮名文字(平仮名、片仮名)の普及は、ずっと後の10〜11世紀の頃です。

 

そこで、上で触れた「シンプルな答」とは、日本語は、「縄文時代」という「ヒトカミが近くで交流する場」に「天から降りてきた(与えられた)」と合理的に推定できるということです。

また同様に「降りてきた」のは、「八百万(やおよろず)の神がみ」という言葉で象徴されるように、多数の天界の存在たちが、「交流の場」としての日本に「転生されてきた」または「精神体のまま飛来された」と考えられます。

同様に「天から降りてきた」と推定されるものの例として、「土器の発明」があります。

人類の歴史で土器が最初に出現したのは非常に古く、「ポスト・アトランティス」の初頭、約12000年前の「縄文の日本」でした。

その他の地域では、西アジアで前8千年紀に、インドで前5千年紀に使い始めており、中国では、もっと遅れています。

 

ちなみに、上の「転生されてきた」ケースについて、使命を与えられて「ゼータ種族」から地球人に「生まれ変わった」女性の、ある会議での話があります。

 

――「皆さん全員が気付いていらっしゃるように、私たちの仲間と他の惑星文明出身の何人かが、現在、地球上で人間の姿に生まれ変わっています。

これは双方向的な交流であり、私たちは、実際に地球人であるとはどういうことなのかについて最大限学ぶことができますが、同時に、彼らの間を物質的な地球人の姿で歩き回る機会が与えられるため、自分たちの教えやメッセージを、彼らがより理解しやすい方法で伝えることもできます。地球人の大部分は、私たちのメッセージをテレパシーではまったく理解できません。また彼らが宇宙船に連れてこられたときは、その恐怖によって、私たちのコミュニケーションの努力の大半が拒まれてしまいます。

ですから多くの場合、その種族の一員として彼らの間に混じって暮らすことが、彼らに話を理解してもらうただ1つの方法なのです」

アセンションものがたり(上)8

 

以上を前提として、「ことたまメッセージ」の上に続く部分を読んでみると、「ことたまの さきはう 国」と言われる「日本と日本語」を、特に意識されている感があります。

 

――音には波動というものがあり
音色とも言われる様に
魂に響く 美(うるわ)しき ことたま がある

 

――ことたまの さきはう 日々を送ることは
光の粒子が飛び交うことであり
生き生きとした日々を紡ぐことでもある

ここで言われていることの主旨は、言葉は波動だから「言葉づかい」に応じて「波動レベル」が決まり、そのように「聴く人の心)」に響きますよ。

したがって、一つひとつの発言に「心を込めて」、「正しいとされている日本語で話す」ようにしましょう。

皆がそのようにすれば、「光の粒子が飛び交う」ことになり、社会全体として「生き生きとした日々」が紡がれることになります――ということでしょう。

これは、「ひめみこの詩」で与えられるメッセージで使われているような、「日本語の原型」に近いと思われる言葉づかいにまで戻りなさいという主旨ではないでしょう。しかし、それらのメッセージは、「言葉づかいの模範」として、大いに参考になります。

 

以上を敷衍すれば、どういう経緯、どういう状況であっても、人と人とが接触する場面での「話し方への戒め」となります。

それだけでなく、インターネットや出版メディアなどでの情報発信、コマーシャルや販売の現場での店員の言葉づかい、そしてもちろん議会などの場でも、「刺激的な言葉」や「低次元の言葉」また「マニュアル依存の紋切型の言葉」などを使う風潮への戒めとなるでしょう。

そうした配慮を欠かさないようにすれば、「一事が万事」で、あらゆることが違ってきますよ、と言われているようです。

 

――美しき ことば の使い方を学び
わたしとの対話
身の周りの人々はじめ 弱きもの 小さきものに
語りかけてほしいものである

 

ここでは、「わたし(創造主:神)との対話」を、そのようにやってほしい、という「(神との対話という)いま最も肝心のこと」への願いが込められているようです。

また「弱きもの 小さきものに 語りかけてほしい」とは、人類の中で苦難の日々を送られている人々に対してだけでなく、自然界の動植物に対しても、同様に接してみなさいと言われているようです。

 

(Q) 小松様 こんにちは。

 

『〜ことたま〜』についての貴重なご考察をくださりありがとうございます。

宇宙のテレパシー事情についても興味深く拝読させていただきました。

ことば ことたまの持つ力」とは、本当に大きなものがあるということを改めて深く感じております。

 

――いにしえの やさしき 奥ゆかしさに満ちたことばは

自然界をも癒し 躍動させ

それが 人々の心にも 映じてきていた時代もあったわけです

 

――礼節ということを 神さまは とても大事になされます

昔から 立ち居振る舞いの大切さを伝えて参りました大和(やまと)のくに

 

とのクシナダ様のメッセージからも、日本語や日本の伝統的なものには、とても大切な意味があるように受けとめられますね。

“マスター・クートフーミでありサン・フランチェスコである方” よりも、

 

――日本の自然界の素晴らしさは 神が創り与え給うた恩恵

世界にも多々あれど 四季折々の光景は目を見張るものがある

 

とのお言葉がございましたが、多々ある言語の中でも、“ 自然界をも癒し 躍動させ ” ことのできる波動の高い日本語 “ いにしえの やさしき 奥ゆかしさに満ちたことば ” は、「日本の自然界の素晴らしさ」や「高き芸術」と同じように “ 魂の目覚めに通ずる道として (「魂の目覚め」)” 大神さまの深いおもいを込められて編み出されたものと思えます。

中でも、和歌にみられる五七調の響きは、即座に歌の意味を理解することができなくとも、たいへん心地良く神秘的なおもむきを感じられるように思います。

 

「ことば」とも密接につながっているという順序、礼節を重んじること、美しい立ち居振る舞いなども、大神さまの思い描かれている人間の理想の姿「神さまの分霊 " メシヤ " 」に近づかせていただくための道筋として用意されているのですね。

 

さいわいにも 学ぶ環境は 十分に整っていると思われますゆえ」とのお言葉がございましたが、こちらの地域の図書館では、実生活に活かせる「大和言葉」や「美しい日本語」、「立ち居振る舞い」などの伝統について学べる本がとても充実しておりました。

 

一日がますます早く感じられる今日この頃ですが、心にゆとりを持てる時間をつくり、内なる神と共に、“ 光の粒子が飛び交う ” “ 生き生きとした日々を紡ぐこと ” ができるよう心掛けて参りたいと思います。

 

【関連】

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