プラネタリー・クリーニング

 

『ザ・スタンド(THE STAND)』というアメリカ映画があります。軍が極秘に開発した細菌兵器によって、人類が滅亡の危機を迎えるというものです(全体は6時間に及ぶ長大な叙事詩です)。地球で進行している「現実のドラマ」は、自ら生み出したものが手におえなくなるという意味で、この映画の冒頭のプロットに似ていますが、それをはるかに凌駕しています。

 

「手におえなくなったもの」の代表は、「化学物質」と「核物質」です。ところが、すでに手におえなくなっている、という認識が無い。これが、こちら「現実のドラマ」の怖いところです。それらすべてに、「地球の科学」が絡んでいます。といっても、その責任は科学者にあるとはいえません。根底にあるものは、地球人類の無知とエゴです。

 

人間の恐るべき傲慢を象徴するものとして、アメリカ CNNが行った”Quick Vote(インターネットで行なうアンケート調査)”の結果があります。「動物の器官の人間への適合性が確証されたなら、それらを日常的に臓器移植に使ってよいだろうか?」という設問に対して、(A)「移植に使う人間の臓器が不足しているから当然だ」 73%、(B)「倫理的に許されることではない」 17%、(C)「わからない」 10%でした。いかがでしょうか。調査の対象は全世界のインターネット利用者ですが、その数からみて、アメリカ人の考えを代表しているとみて間違いありません。

 

化学物質には、意図して作るものと、意図しないのに作られてしまうものがあります。前者の代表が農薬です。後者の代表がダイオキシンです。両者は互いに絡み合いながら、現在の困難な状況に関わってきました。化学物質の厄介な点は、その生態への影響が明白になるまでに長い年月を必要とすることです。安全性についての事前の検証は、極めて限られた抑止力しか持たないことは、歴史が証明しています。それは単に、「その時点の知見の水準」で判断しているに過ぎないからです。

 

その典型的な事例が、PCB(ポリ塩化ビフェニール)です。1927年にアメリカで開発されたPCBは、当初、魔法のような物質だと考えられました。その耐熱性、不燃性、伝熱性、電気絶縁性、化学的安定性、そして油によく溶けるなどの優れた特長によって、工業先進国で欠かすことのできない素材となりました。折からの「電気の時代」の波に乗って、トランスやコンデンサーに封入される絶縁・冷却材料として、大量に生産され使用されました。さらに、機械の潤滑油、プラスティックの可塑剤、そしてノンカーボン紙の溶剤などにも用途が広がりました。

 

PCBに最初に疑問が投げかけられたのは、1966年のことです。30年ほど前から集めているオジロワシなど野生動物の検体やヒトの毛髪から検出される謎の物質が、PCBであることを突き止めたという、ストックホルム大学ソーレン・ヤンセンの論文です。翌年にはアメリカでも、ハヤブサの卵からPCBが検出されました。そして、1968年に日本で起きたカネミ油症事件によって、ヒトの健康への悪影響が初めて明らかになりました。北九州市のカネミ倉庫が製造したライスオイルに、PCBが混入したことが原因で、死者298人、認定患者1871人という大惨事になったのです。その後の研究で、直接の原因物質は、PCBの変性に由来するポリ塩化ダイベンゾフラン(PCDF)コプラナーPCB(Co-PCB)だったことが判明しています。この二つの物質は、ダイオキシン(ポリ塩化ダイベンゾダイオキシン : PCDD)と化学構造や毒性が類似しているため、WHOなどではダイオキシン類に含めています。

 

こうしてようやく1972年に、日本ではPCBの製造と使用が禁止されました。アメリカで製造が禁止されたのは1976年で、その後、先進各国が追従しました。日本で生産されたPCBは約6トンで、すでに環境中に流出したものが約2万トン、回収命令により適切に処理されたか管理されているものが約1万トン、3万トンが使用中または不明となっています。世界で生産された120トンの大半は、環境中に流出したか、トランスなどで現在も使われているとみられています。PCB入りのトランスやコンデンサーの寿命は長く、日本では現役のトランスが約4万台、コンデンサーが約34万台あるといわれます。回収され手付かずのまま保管されてきたPCBは、安全性の高い化学処理を推進する法律が19986月に成立したことにより、荏原、東京電力、そしてNTTなどが、自社保管分の処理に乗り出しました。東京電力は、PCB入りのトランスを100万台以上保有しているといいます。

 

PCBの物語」は、これで終わりません。製造が中止されて15年経った1987年頃から、世界中の海岸で、クジラやイルカが岸に打ち上げられる「ストランディング(stranding)」が多発するようになりました。1987年から1988年にかけて、アメリカ東海岸で700頭以上のバンドウイルカの大量死が見られました。また、1990年から1993年までに、1000頭を超えるシマイルカの死骸が地中海沿岸に打ち上げられました。さらに、バイカル湖のバイカルアザラシの大量死(1987年、数千頭)、北海やバルト海のゴマフアザラシの大量死(1988年、約2万頭)などもあります。日本の1996年のデータでは、死亡漂着67頭、漂着後死亡12頭、再放流20頭となっています。

 

直接的な原因が分かっているものの大半は、ジステンバー・ウイルスによる感染症です。しかし免疫力が弱っていなければ、起こり得ない出来事です。実際、死んだ個体は、免疫系の働きが弱っており、また体内からPCBDDTなどの汚染物質が、高濃度で検出されました。これらの物質は免疫機能を低下させることが、動物実験によって確かめられています。それらの海洋動物は、PCBやDDTを、海水に比べ1000万倍も高い濃度で蓄積していました。PCBの厄介な点は、化学物質のなかでも残留性が際立って高いことです。紫外線のB線に曝される場合以外は、自然界で分解することはなく、その半減期(濃度が半分になるまでの期間)は、数百年に及ぶのではないかと言われています。

 

環境中に流出したPCBは、土壌から地下水に浸透し、一部は農作物などに取り込まれ、また雨水によって河川、湖沼、そして海へと移動します。あるいは、底に沈殿します。その間に、微生物からプランクトンそしてアミなどに取り込まれ、小さい魚から大きい魚へと「食物連鎖」につれて、「生物濃縮」されていきます。脂肪との親和性が良いので、生物の寿命に応じて、「体内滞留」が行われます。また、魚類の回遊によって、地球上のあらゆる海域へ、短期間に「分布する」のです。このようにして、十分にPCBが蓄積された魚を、今度は、鳥類や哺乳類が捕食し、その寿命のなかで濃度を上げていくことになります。大半の先進国で、PCBは、10年以上前に製造禁止になったにもかかわらず、ヒトの体組織中のPCB濃度は、ここ数年間ほとんど変わっていません。つまり,日常生活でPCBへの「曝露」が、いっこうに減っていないことを意味しています。

 

水生哺乳類の場合、有害物質を分解する酵素を持っていないので、影響が早く大きく出ると思われます。同時に、魚を唯一の食餌としていることも、もちろん関係しています。もしこれが人間だったらどうでしょうか。北極圏に住む、イヌイットの子供の大半には、慢性的な耳の感染症が蔓延していると言われます。また、感染症の予防ワクチンを接種しても、出来るべき抗体が産出されないなどの、免疫系の異常も確認されています。彼らはもっぱら、アザラシ、ホッキョクグマ、カリブー、イッカクなど食物連鎖の頂点に近い哺乳類の狩猟で生きており、乳児は、モントリオールの乳児と比べて、8倍に相当するPCBを、母乳から取り込んでいると報告されています。胎盤と母乳は今や、汚染物質の濃縮器官、そして世代間受け渡し器官になっています。これは、ヒトを含む、地球のすべての哺乳類について言えます。こんなことを、誰が望んだでしょうか。

 

現に生産されている化学物質で、最も問題が多いものは農薬です。前記のDDT(ジクロロ・ジフェニル・トリクロロエタン)は、有機塩素系の殺虫剤で、スイスのポール・ミュラーがノーベル生理医学賞をもらいましたが、その「サクセス・ストーリー」が暗転して、主要国では、今は生産されていません。暗転のキッカケとなったのは、1962年に刊行された、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』です。この本でカーソンは、DDTなど殺虫剤の乱用と発ガンの危険を告発していますが、この時点では、いわゆる「環境ホルモン」の問題は明確になっていませんでした。DDTも化学的に安定した物質で、半減期は、ほぼ100年と言われ、毒性に加えて、体内での蓄積や世代間の移転など、PCBと同じような問題があります。これが「環境ホルモン」という別の意味の危険物質として「認知」されるのは1990年代に入ってからです。1948年から1971年にかけての、日本での農薬登録期間中に生産された、DDTを原料とする農薬4万トンの大半は、河川の底質や土壌に吸着していると考えられています。一方、インドは今でもDDTを生産しており、途上国への大輸出国になっています。しかし農薬の問題は、DDTだけではありません。

 

農薬の問題に移る前に、いわゆる「環境ホルモン(内分泌撹乱物質)」について明確にしておく必要があります。問題の発端は、1950年頃から、野生生物の生殖や繁殖についての異常が、世界各地で記録されるようになり、いずれのケースも、個体数の大幅な減少に繋がっていることです。

 

l  アメリカ/フロリダ(ハクトウワシ/オスが生殖能力を失う)

l  イギリス(狩猟対象のカワウソ/姿を消す)

l  アメリカ/五大湖(魚をえさとする養殖ミンク/不妊、 セグロカモメ/メス同士のつがいが出現)

l  アメリカ/オンタリオ湖(セグロカモメ/ヒナの死骸が多数、奇形も)

l  アメリカ/南カリフォルニア(セイヨウカモメ/メス同士のつがいが出現)

l  アメリカ/フロリダ/アポプカ湖(アリゲータ/孵化率の急減、 アカミミガメ/オスのメス化)

l  アメリカ/フロリダ(ピューマ/停留睾丸による生殖能力の低下)

l  カナダ/アルバータ(クロクマ/停留睾丸による生殖能力の低下)

l  多摩川(コイ/オスの30%に精子なし)−−成魚を霞ケ浦で捕獲し放流たもの

l  三浦半島/油壷(巻き貝のイボニシ/メスにペニスや輸精管)

 

これらの生物の体内から検出された物質の分析や動物実験から、長期間の試行錯誤を経て、特定または推定された原因物質は、PCBDDT、有機スズ、ノニルフェノール(界面活性剤、洗剤に使用)などです。ただし、それらは「氷山の一角」であることが段々と明らかになってきました。

 

それらの物質が、ホルモン類似の作用をして、本来のホルモンが働く内分泌系を撹乱することが確かめられました。ホルモンを受取る「標的器官(精巣、卵巣、子宮など)」に備わっている「受容体(レセプター)」が、「ホンモノ」と「ニセモノ」を混同してしまうのです。困ったことに、ホルモンは基本的に「情報」です。したがって、ニセ物質の場合も極めて微量、つまり「プールに目薬1滴」、1兆分の1(ppt)の濃度で「効果」を発揮します。その上、本来のホルモンと違って、それらの物質は長期間体内に居座り続けます。「ホンモノ」は、必要なときに必要な量だけ分泌され、役目が終われば急速に分解され排出されます。

 

また、生殖系で特異に影響が出る理由も確かめられています。つまり、受精卵から体の器官が形成される時期(ヒトのばあいは、妊娠初期の3ヶ月)は、ホルモンによって精妙なコントロールが行われており、極めて感受性が高くなっているために、わずかの撹乱が思わぬ結果メスになるべき胎児にペニスが追加されたり、睾丸が定位置にまで降りてこないなど、「非可逆性の変化」が起こることになるのです。これに続いて、哺乳類の場合、授乳が終わる乳児期までの期間もセンシティブで、成長してからの精神状態や知的能力にも関係することが、追跡調査で分かっています。

 

生殖系だけでなく免疫系への影響も、前述のクジラ・イルカのストランディングやイヌイットのケースの他にも、確かめられています。これは、ホルモンの持つ基本的な機能---(1)生殖、(2)成長・分化・発育、(3)神経や免疫系の発育や機能、(4)糖脂質代謝、(5)電解質平衡---から合理的に推定されることです。生殖系を含めた内分泌系、脳神経、免疫系が共同して働いている、ホメオスタシス(homeostasis:恒常性)を維持できない状況が起こっていると思われます。人間の無知が「神の領域」を侵したのです、回復する手段も持たずに・・・。

 

現在、内分泌撹乱が疑われている化学物質は、環境庁の中間報告では、67種あります。これに、カドミウム、鉛、水銀の重金属3種を加えて70種としています。この中に、法律で使用が禁止されているものや農薬登録が失効しているものが17種含まれています。一方、日本化学工業協会などの調査では、145種をリストしています。いずれにせよ、53種ないし128種の「環境ホルモン」が、いま現在も環境の中に排出され続けているわけです。実際には、これに新しい化学物質が日々追加されています。また、既存の物質のスクリーニングも完璧ではありません。何しろ、この地球では、10万種の化学物質が取り引きされ、毎年1000種が追加されているのですから。

 

上記67種のうち、3分の2に相当する44種が農薬です。その外には、ダイオキシンやPCBなどの「残留性有機ハロゲン化合物」が6種、界面活性剤などとして使われる「ノニルフェノール類」、ポリカーボネート樹脂の添加剤「ビスフェノールA」、プラスティックの可塑剤「フタル酸類」が8種、発泡スチロールなどの「スチレンの2量体および3量体」、タバコの煙に含まれる「ベンゾピレン」、その他5種となっています。

 

農薬の問題点は、いくら強調しても強調しすぎるということはありません。概して他の環境ホルモンは、少量を恐る恐る使用しています。環境中に直接排出することも目的ではありません。これに対して農薬は、「使用=環境への排出」です。いわば「公然たる投棄」です。目的そのものも、当初から、「生命を殺傷する」ことです。さらに、医薬品のような厳密な事前評価の手順などは定められておらず、一定の条件を満たしたものの登録制になっています。その量も巨大なもので、途上国を中心に急速に増えています日本での原体を加工した製品の生産量と金額は、196024万トン247億円に対し、199070万トン4175億円。なかでも、急速に増えているのが、除草剤です。ほかには、殺虫剤、殺菌剤、除黴剤、防汚剤などがあります。

 

除草剤は、その働きによって、枯葉剤、発芽抑制剤、そして成長抑制剤に分かれます。発芽抑制剤と成長抑制剤は、基本的にホルモン剤です。枯葉剤としては、ベトナム戦争で使われた「オレンジ剤」が有名です。これは、「2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸(2,4,5-T)」と「2,4,-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)」の2種の枯葉剤の混合物です。このようなフェノール系の除草剤は、製造工程で、副産物として、ダイオキシン類が生成されます(ダイオキシンの異性体75種類、ポリ塩化ダイベンゾフランの異性体135種類)。事実「オレンジ剤」には、ダイオキシン類223種の異性体のなかでもっとも毒性が強い「2,3,7,8-四塩化ダイオキシン(2,3,7,8-TCDD)」が含まれていました。アメリカ軍は、それを承知で使用したのです。ベトナム人や帰還アメリカ兵(そして、韓国など同盟国の兵士)とその家族を襲った悲劇は、いまも進行中です。

 

もうひとつの悲劇は、イタリアで起こりました。1976年北イタリアのセベソで農薬の工場が爆発し、除草剤2,4,5-Tの製造過程で生成されたダイオキシンが周辺の住宅地に拡散しました。これによって、住民約3万人のうち、子供を中心に皮膚に中毒症状(塩素ざそう)が現れたほか、ウサギ、猫が3300匹死亡したのです。被害の拡大を防ぐため、住民736人が居住地から強制退去させられ、家畜と食用家畜8万頭が廃棄処分になりました。この地区は、現在まで封鎖されています。その後、1997年の国際会議で、重大なデータが、発表されました。汚染の最もひどかったセベソA地区で、19774月から198412月の間に生まれた子供について、男女の比率を調べたものです。それによると、両親の血清中のダイオキシン濃度が高い9家族から生まれた12人の子供は、すべて女子だったということです。

 

現在、農薬へのダイオキシンの含有がチェックされているのは、2,3,7,8-TCDDを中心に17種の異性体だけです。残り206種につては、フリーパスです。しかも事前評価は、「細胞毒性」と「発ガン性」の確認が主体になっています。DNAレベルの追跡調査を必要とする「環境ホルモン」という観点からは、抜け道だらけと言わざるを得ません(複数の環境ホルモンの相乗作用もあるので、実際問題として、完全な事前検証は不可能でしょう。農薬を使う限り、この桎梏から逃れることはできません)。

 

除草剤の問題は、これにとどまりません。庭仕事をやった人なら誰でも知っているのは、雑草の生命力の強さです。しかも、段々と除草剤への耐性(抵抗力)を獲得するので、次々と強力なものを投入する必要があります。除草剤は殺虫剤とは比較にならないほど強力です。ところが、作物と雑草は、生命体として共通の性格を持っているので、除草剤が強すぎると作物そのものがやられてしまいます。そこで、遺伝子組み替え作物が登場するのです。事実アメリカやカナダなどで開発された遺伝子組み替え作物の大半は、除草剤対策が目的です。そのような作物は、強力な除草剤をかいくぐって生き延びたこと、つまりそのように強力な除草剤に「曝露」されていることを意味します。こうした作物(食品)が、日本には大量に輸入され、主に加工食品として日本人の口に入っています。大豆、トウモロコシ、ナタネ、小麦などです。食品としては、味噌、醤油、豆腐、納豆、食用油、パン、うどん、ということになります。

 

このように、生命の脅威となる化学物質は、いまや地球全体に拡散してしまい、それを回復させる手段を人類は持っていませんヒトを含む全生命が「被験者」になっています。この「実験」が、あまりにも大掛かりであったため、細分化され専門化された科学者の目からは、長い期間、見過ごされてきたのです。いま、北極のホッキョクグマから南極のペンギンまで、無作為に選んで、どの野生生物を調べても、似たような結果が得られるでしょう。単なる研究対象という意味では、まったく化学物質の影響を受けていない野生生物を捜す方が面白いかもしれません。しかしそれは、至難のワザでしょう。たとえば、人体には、環境ホルモンを含め、数百種類の化学物質が蓄積されているということです。この現実は、人類が、わずかこの半世紀で造ったものです。

 

一方、「核物質」に関しては、人類にとっての最大の脅威は、稼働中の原子力発電所です。次いで、原子力空母と原子力潜水艦です。地下のサイロで待機している核弾頭も、脅威には違いありませんが、それらは人為的に点火されないかぎり爆発することはありません。核大国間の平和が保たれているあいだは、脅威のレベルは、1ランク下になります。稼働中のものは、すでに「点火」されています。その安全は、運転要員と制御システムが、必要なエネルギーの供給も含めて健全である、という限りにおいて保証されているに過ぎません。それが当てにならないことは、アメリカのスリーマイル島、旧ソ連のチェルノブイリ(現ウクライナ)、そして日本の「もんじゅ」の事故で立証されています。設計そのものの欠陥も露呈しました。

 

原子力発電所の、立地環境の安全性も何一つ保証されていません。活断層についてのこれまでの知見が貧弱であったことが、阪神・淡路大震災で判明しました。まして、これからの直下型巨大地震は、近い地質時代に繰り返し活動したという、活断層上だけで起こるとはかぎりません。さらに、全世界の431基(1996年末)のほとんどが海岸に立地しているので、たとえば50メートルの津波がくれば、ひとたまりもないでしょう。そのクラスの津波がありうることは、パプア・ニューギニアの地震津波で立証されました。また、河川のそばにあるものは、大洪水による危険があります(1995920日に、ロシアのコラ半島の潜水艦基地で、数隻の原子力潜水艦の原子炉が、メルトダウン[炉心溶融]直前まで行くという事故がありました。原因は、基地に供給している電力が誤って遮断されたためでした。炉の制御システムが、エネルギー供給に依存している怖さを象徴した事故でした

 

アメリカは、原子力空母としては、ニミッツやエンタープライズなど9隻が就航し、建造中が1隻あります(その名もロナルド・レーガン)。また、原潜(原子力潜水艦)を18隻保有しています。イギリスは、原潜16隻が就航し、4隻を建造中です。ロシアは、経済危機も絡んで、何隻が退役し何隻が処分されたのか明確でありませんが、おそらく100隻前後の原潜を就航させているとみられます。また、原子力空母をすくなくとも1隻就航させています(アドミラル・クズネッツオフ)。就航中の原子力空母や原潜は、「点火」されており、安全の保証に限界があるという意味で、原子力発電所と同様に危険な存在です。

 

これまでに、事故などで海中に沈没した原潜は、7隻もあります(旧ソ連4隻、アメリカ2隻、ロシア1隻)。これらの原潜は、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)またはSLCM(潜水艦発射巡航ミサイル)、あるいはSUBROC(対潜核魚雷)を搭載しており、いずれもプルトニウムまたは高濃縮ウランの核弾頭を持っています。198947日にノルウエー沖で火災爆発を起こして、1680メートルの海底に沈没(42人の乗組員が死亡)した旧ソ連の原潜は、魚雷の発射口からセシウム-137などの漏洩が確認され、今日でもまだ対策が続いています。今のところ、原子炉自体は安全だと言っていますが---。また、原子力空母の衝突事故も、過去に2件あります1975年に、アメリカの空母ジョン・F・ケネディが地中海を夜間航行中に自国の巡洋艦と衝突して火災爆発しましたが、間一髪で核事故は回避されました。1984年にアメリカの空母キティー・ホークが、日本海でソ連の原潜に衝突、双方とも核兵器を搭載していましたが、核事故には至りませんでした。

 

冷戦が終結しても、「用もないのに」パトロールなどと称する「火遊び」が続いており、世界中の海を原潜や空母が徘徊し、また核兵器を搭載した爆撃機などが飛び交っています。原子力空母が巨大津波に襲われたり、火山弾を被弾したときどうなるかは、おそらく考えたこともないでしょう。原潜はそれ以上に危険に満ちた存在ですロシアの軍関係者が、いみじくも「浮遊するチェルノブイリ」と表現しました。核兵器を搭載した、「原子炉駆動でない」潜水艦や戦艦も、それに準ずる危険性を持っています。すでに始まっており、これから更に激化する兆しを見せている「地球大変動」の時代に、地球を「核」で汚染しないために、緊急にやるべきことがあります。米、ロ、英、仏、中の核保有5大国が、核兵器を搭載した軍艦の航行と軍用機の飛行を直ちに中止することです。同時に、原子力空母と原潜の原子炉から燃料棒を取り出して、相互に隔離する必要がありますこうすれば、すくなくとも、核の連鎖反応が制御できなくなり、炉が暴発するという事態は、避けることが出来ます

 

同じ理由で、一刻も早くやるべきことは、全世界の原子力発電所の運転を停止し、炉心から燃料棒を抜き取って相互に隔離することです。これをやっても、人間が生きていけないことは、絶対にありません。たかだか、各先進国で総エネルギー消費を12割落とすだけのことです。原子力発電への依存度が極端に高いフランスだけは困るでしょうが、それはEUの中で融通することで対応できるでしょう。

 

その次に来るのが、全世界に20,000発あるといわれる核弾頭の処分です。「核兵器レベル」のプルトニウムや高濃縮ウランの処理が必要となります。また、民生用、軍用を問わず、上記の手順によって「不要になった」燃料棒の処理の問題もあります。同様に、放射能で高度に汚染された原子炉そのものの処分も難題です。その処理処分の費用が、110万キロワットの原子炉で、200億円弱という試算があります。しかし、行き場所がないまま増え続ける使用済み核燃料と同様に、核物質を「本当の意味で処分」する手段を地球人類は持っていないのです。過去に実際に行われた「海洋投棄原子力艦船から取り出した原子炉を、旧ソ連が18基、アメリカが1基投棄)」も、核廃棄物を地中に埋めるという「地層処分」も、本質において変わりはありません。ここでも、化学物質と同様に、「自ら生み出したものが手におえなくなる」という状況に追い込まれています(このシリーズの、『「核」のパラドックス』参照)。

 

さて、以上のような状況に対して、政治の対応がどの程度期待できると思いますか。世界中の政治家のほとんどは、頭の中が、「政権の維持」と「次の選挙」で占められています。良くても、「経済成長」、「景気」、あるいは「自国の利益」というワンパターンのフィルターを通して現実を見ることに、馴れすぎています。広く世間を見ているつもりでも、実際は、情報の「無意識の選別」をしているのです。圧倒的な強度を持って入ってくる情報は、ロビイスト(圧力団体の手先)や選挙区の有力者の意向、そしてマスメディアの論調です。地球の未来に関わる「かすかな兆候」をとらえて、それを掘り下げるために時間を割くことなど、期待する方が無理というものです。ビジョンや理念の熟成のために、本当に必要なそのような情報を、フィルターの入り口で遮断してしまうのです。学者やマスメディアにも、多くを期待することはできません(このシリーズの「グローバリゼーションの陥穽」を参照)。

 

ブエノスアイレスで開かれた「気候変動枠組み条約・第4回締約国会議」で、「排出権取引」や先進国・途上国間の利害調整のために、延々と不毛の議論が続けられた姿は象徴的です。原子力発電所を増やして、CO2の削減ノルマをクリアしようとする見当違いの動きも、日本を中心に根強くあります。関係者は、対策のために許される時間が無限にあるという前提を、勝手に作っています。その認識によって、議論も対策も、調整がつかないものはすべて先送り、というパターンを何年も続けてきましたが、それが通じないことは、まもなく明らかになるでしょう(このシリーズの「愛なき地球温暖化対策」参照)。ハリケーン「ミッチ」によって国土の大半(橋梁の70%、水道の60%、そして農地の70%)が被災した、中米ホンジュラスで、「景気」の議論をすることに何の意味があるでしょうか?

 

この状況の中での救いは、「消費者としての個人」の立場で選択できる、無数の道が開かれていることです。「食」から始めるのが、近道です。たとえば、昔ながらの、「ご飯に一汁一菜」の食事を主体にしてみます「食べられるうちに食べておく」のは、週1回か、月1回ぐらいにします。量が半分になった分、2倍長く噛めば十分ですヒマラヤのポーターは、日本人の3分の1の食事で、30キロの荷物を背負い、毎日30キロ歩きます。必要な栄養素はすべてからだが造りますが、ビタミンCだけは、適量を摂る必要があります。その上で、お米は有機栽培の玄米か胚芽米にします。たとえ価格が1.5倍であっても、家計には余裕が出るでしょう。お米は、身近に自然食品店などのルートがなければ、自力で開拓する必要があるかもしれません。お米に限らず、信頼できる農家から継続的に仕入れるようにできればベストです。

 

「化学物質」に関して特に注意することは、缶詰食品を「常食」しないことです。内側のコーティング剤からも内容物からも、多くの場合、ビスフェノールAが検出されています。製罐業界が対策を進めていますが、それが適用されるのは、今のところ新規出荷分の一部です。また、発泡スチロールのトレーに入った食品を、そのまま電子レンジでチンすることは、絶対に避けるべきです(スチレンの害)。食品、食器、そして手を洗うのに合成洗剤の使用も避けるべきです。そして、水、塩、また砂糖に注意しましょう。農薬との関連で、できるだけ輸入食品を避けることが望まれます。加工されたものは分かり難いので、これに限らず、「安全な食」の調達ルートを開拓する必要があります。「自分の選択」を楽しんでみてはどうでしょうか。

 

そのような食習慣が定着するにつれ、体に貯えられた毒物が排出され、あらゆる病気から解放されていくでしょう(あとは、適当な運動さえ心掛けていれば)。また、危機において強力な武器になります。それだけでなく、日本の米作りのパラダイムを変え、危機的な状態にある「食糧の安全保障」に、寄与することは間違いありません(このシリーズの「飽食のなかの食糧危機」参照)。それは、個人の効用に止まらず、社会のパラダイムを、根本から変える力を持っています。農業、工業、流通、そしてエネルギー消費の在り方を変え、地球の負荷を減らす方向に向かわせるでしょう。

 

ただ残念なことに、地球環境の中にこれまでに排出され、また現に排出されているものを、回収し地球環境を元に戻す手段を人類は持っていません。そうとはいえ、「地球の大掃除(プラネタリー・クリーニング)」は、行わなければならないし、実際に行われるでしょう。その方法は、二つしかありません。人類の手に負えないと思う力「ガイア(地球生命)」が「つらい使命」を果たすのに任せるか、胸襟を開いて「宇宙(の高度に進化した存在)」に支援を仰ぐかのいずれかです。人類より何千年、何万年も進んだ科学の力を持ってすれば、地球の浄化は多分「朝飯前」でしょう。ただ、支援する思いはあっても、「要請がないかぎり手出しはできない」という「宇宙のルール」があります。また、「自分が播いた種は自分が刈り取る」という「宇宙のルール」の適用がどうなるかは、やってみなければ分かりません。このような話が、信じられますか? 「地球人類が宇宙でNo1だと思う人は、手を挙げてください」、「そう思わない人は、宇宙でどの辺にランクされるか考えてみてください」。もうすぐ、すべてが白日のもとにさらされたとき、地球人類は、自分たちの迷妄と傲岸に愕然とするはずです。

 

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