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Q&A’16b1・「ガイア・アセンション」シリーズ
(16/03.04) 地上天国への歩みは、すべてを私につなぐたけでよい―創造主
(Q) 小松様
こんにちは。
新サイト『 Harmonic Space 』に、主神のメッセージをご紹介させていただきましたのでご報告いたします。
◇ 心の中心にあって輝く主神の光 ⇒http://harmonicspace.blog.fc2.com/blog-entry-3.html
昨日は、「このようにして神につながりましょう―聖母マリア(上)」をご案内くださりありがとうございます。
"聖母マリアのメッセージ"にも「―今や出発の時です! 新世界の新しい境地に向けて」とありますように、
本当に「時」が来たことを感じさせていただいております。
どうぞよろしくお願いいたします。
(A) 拝見しました。
ありがとうございます。
昨年12月初めに「いよいよ 次の段階へ進むことといたす」と予告されてから約2か月半を経て降ろされた今回のメッセージは、「再開」の第1弾にふさわしいものと受け止めさせていただきました。
地球と人類の集団的アセンションという人類史上空前絶後の出来事を目前にして、私たちがこの先をどう生きるべきかの核心を、優しい言葉で簡潔に伝えていただいたという印象です。
この間に相次いで送られてきた高次元からのメッセージが、いずれもその伏線になっていると、今にして思われます。例えば、次のようなメッセージです。
今回のメッセージでは、特に次が印象的でした。
わたしは思う
いつ なんどきも 常に わたしに照準を合わせ
わたしに帰依しているなれば
何事も そこに わたしのおもいがあると受けとめる事が出来
人の目口に捕われることなく
ひたすらに わたしの願いである 地上天国に向けての歩みがゆるされるであろう
これは巻頭の言葉ですが、同時にメッセージ全体の要約にもなっているようです。
この中で「わたしに照準を合わせ」「わたしに帰依して」は、上に掲載した高次元メッセージで中心テーマとなっている「献身」を言われているとみられます。
これに関係する高次元メッセージにこういう例があります。
――神への無条件の献身がすべての鍵で、全人類への答です。
疑問を抱いたり躊躇したりする人は誰であっても、真実への全てのドアが開かれているこの道筋への支度がまだ整っていません。
神への献身とは、理性的判断が捉えられる範囲を超えたもので、それを理性的判断が捉えることすら望まない状態を意味します。
――今日、偉大な癒しが起こるこの時代に、皆さんは神への無条件の献身がなじみ深いものになるでしょう。
多様な形で何度も繰り返される、この要請、このメッセージには何が含まれているでしょうか?
無条件の意味は、期待を持たず、意見を持たず、物事はこうであるべきだなどの予断を持たないことです。
献身とは、自分自身を完全にプロセス任せ、全一であること、全一を目指すことです。
そこで、神への無条件の献身の意味は、自分という存在のすべてを神に任せること、そして人生のあらゆる節目で起こる、どんな結果に対しても安らかでいられることです。何故なら、すべてのものは、そのままで良きものだと意識は知っているからです。
――そこで、この時点で必要なことは、自分自身を完全に神の腕の中に、神の恩寵に委ねることです。
この瞬間が到来したということは、今こそそうするべき時が来たということです。
――神に不可能はありません、どれだけ人類がそれを忘れているとしても、です。
そのことを、あなたに大事が投げかけられているこの重大な時期に、しっかり覚えておきましょう。
世の中に巣くっている問題も 確かに山積みであろう
しかしながら 今 何より大切なのは
おのれが わたしの元に立ち返れているかの確認である
われよしの心が 頭をもたげ
目の前におかれたこと 現われたことを 理由付けしたり 言い訳したり
はたまた そこに立ち止まり 考えあぐんだりしてはおるまいか
私たちは(自分の周りの)「世の中に巣くっている問題」に捕らわれがちになりますが、「今 何より大切なのは」「おのれが わたしの元に立ち返れているかの確認である」、つまり「献身」ができているかどうかを質(ただ)されています。
これは、聖母マリアのメッセージにある「取るに足りないこと」への執着を手放すことでしょう。
――今日では、「取るに足りないこと」に対する最後で究極の決断への準備ができた、成熟レベルにある多くの人類が、この偉大な決断に直面しています。
「未知」に向けて自らを飛び込ませるか、それとも慣れ親しみ依存が膨らんだ「安全」への好みを肥大化し続けるか?
また「脇道にそれる」ことや「逃げ道を探す」ことへの戒めも言われているでしょう。
これに関係する高次元メッセージを引用してみます。
――多くの人類は神への想いに至らず、そもそも最初から脇道に逸れてしまいます。
彼らは「今これをやらなくちゃ」とか「この問題に取組むことが先決だ」などと言い――そして神を忘れるのです。
―― 一般に誰でも、自己を完全にハイヤーセルフまたは神に捧げる前に、つまり人生の導きを神または自己のハイヤーセルフに完全に委ねる前に、考えられる限りの逃げ道を時間の限り探すものです、何か知識を獲得しようとして。
そしてこの探索が尽き果てるや否や、新しい資質がその人に現れます。――物事に条件付けしない姿勢が。
どうか次のことを知っておいてください:
欲求不満や失望は、正しい進路を獲得するための非常に有効な案内標識です。
そして知っておくべきことは、まだ成熟していない魂にとって、それぞれの回り道は大いに結構だということです。
一方、成熟した魂の持ち主は、間違った進路を嗅ぎ分けて真実の道を引き寄せ、あらゆる真実でないものを寄せ付けません。
即座に " これも 主の大神さまがなされたことですね " と
わたしが言うのも なんだが
わたしが 故あって たとえ 思えなくとも
そなた達の目の前に現わしたのだと
その様な思いで 対処してはくれまいか
おのれの中にあり おのれ自身では気付けぬ故に
目の前の人を使って現わし
" 気付いてくれよ!" とのおもいを込めておる
それは おのれにとって都合の悪いこと 受け入れられないこと
人に知られたくないこと おのれの中の夜叉のあらわれ
さまざま あろう
これは、その直前に引用したメッセージを受けています。
自分や周りで起こる様々なこと、特に好ましくないことであっても、「わたしが 故あって」「そなた達の目の前に現わしたのだ」、したがって(たとえそのように思えなくても)「 "
これも 主の大神さまがなされたことですね "」と受け止めてほしいという主旨でしょう。
これを「目の前の人を使って現わした」こともあるので、その人やその背後にあるものを責めたくなるものですが、これについては、今回メッセージの別の場所で、このようにおっしゃっていますね。
「人間に返していたならば いつまでも どこまでも どうどう巡り」「解決の道はなく 滅びの道が口を開ける」ことになる。
したがって、「何が現れても、そのすべてを」「神につなぐ(神に委ねる)」ようにしなさいと、極めてシンプルで明快な回答を与えておられています。
これは、例えば〔迫り来る「終末」の様相と対処について―ババジ〕や〔今こそ新しいエネルギーを身につけ放射しよう―モーセ〕にあるような、「この終末に起こる諸現象」にも当てはまるとみられます。
数えきれぬ程の 分霊を わたしは 生み育てて参った
その誰一人として わたしは 忘れない
皆 わたしの てのひらに在り わたしと共に在る
わたしの息と共に在る
地上に降りた そなた達は
創り主であり 日々の導き親であるわたしに気付けないだけだ
目に見えないものを信じる心を失くし
唯物の鏡に映る物のみを信仰し
今の様な生き方を身に付けた
分霊としての存在を ひだのひだの奥底まで叩き込むことだ
心の中心にある わたしの分霊が表に現われ
神性人間になることだ
すでに多くのメッセージで伝えられているように、私たちの全員が、創造主から分かれた魂(つまり分霊)として学びの旅に出ている存在です。
ところが、惑星地球という3次元の物質界に転生した途端に自分の本質を忘れてしまい、そこでの在り方に捕らわれて、「唯物の鏡に映る物のみを信仰し」「今の様な生き方を身に付けた」ということでしょう。
次の高次元メッセージでは、それぞれが「別の角度から」、私たちが「神の分霊」であることを巧妙に説明しています。
――献身を抜きにした生き方は不可能です。
何故なら、創造の中のあらゆる世界の「いのち」は献身によって創られ、個別の「いのち」に対する創造主の献身によって受けた、形態と表現を身につけているからです!
つまり献身は、すべての「いのち」の根本的な原理です。
――あなたがこの難局を無傷で克服するために、神を求め完全に「彼」に自分自身を委ねることが必要です。
あなたを誰が識っているでしょうか? 神です。
あなたを誰が親身に思っているでしょうか? 神です。
いつもあなたの人生に付き添っているのは誰でしょうか? 神です。
わたしのおもいは すでに十分伝えたと思うが
今だ 目覚めぬ者の多きことよ
今 わたしに立ち返らねば 最大のチャンスを逃すことになる
すぐに 始めよ!
「最大のチャンスを逃すことになる」――これは非常に重い言葉です。
「惑星地球と人類の今回のアセンション」という「神の計画」に乗って「地上天国への道」を歩むか、それとも何も知らずに、または知っていても軽視して「別の道」を歩むか、現に生を持つ全ての人類にとって、文字通り天と地との違いを生む、これ以上に重大な選択はないでしょう。
もしこの機会を逃すと、(地球は高次元の星になるので)地球に住み続けることはおろか、地球に再び生まれ変わる(転生する)ことも叶わず、どこか別の宇宙の見知らぬ3次元惑星で、何億年先になるか分からない「アセンションという機会」が巡ってくるのを待つことになる・・・。
「今だ 目覚めぬ者の多きことよ」や「すぐに 始めよ!」というお言葉に、創造主の深い想いが込められているようです。
目にしたこと 耳にしたこと 日々のおもい その他さまざま
わたしのおもいが流れて すべてが起こっていると受けとめ
感謝の心を育み わたしに話しかけることだ
中心は あくまで わたしである
わたしをないがしろにしてはならぬ
そなた達の中で起こったことは わたしが起こしたのである
ここでは「神中心の生き方」の大切さを説いておられます。「わたしをないがしろにしてはならぬ」という、やや厳しい口調を添えられて。
ご存知のように、これについては高次元メッセージでも繰り返し伝えられていることですが、その一部をここに引用してみます。
――すべての想いは神の周りを巡るようにして、中心に神を置くべきです。
この中心を持つポジションから、充実感がありバランスのとれた人生を広げられるのです。
――神と共に本当の人生が始まり、これまでのすべてが重要でなくなります。何故なら内心で神を見ると、それが外の世界の魅力を忘れさせるからです。
神と共に人は変わり、つかの間のものは溶解し、永遠に続く意識が芽生えます。
地球は生き永らえ、人類は目覚めます!
旧世界の瓦礫(がれき)の中から、新しい人類は立ち上がります。
それは完全な自由を得て、神を反映した姿となるでしょう。
そして神不在の時代は終わり、古くからの預言が現実となるのです。
すでに魂(たま)の世界は 光に満ちあふれ
光がさんさんと輝く世界になっておる
光に照らし出され 光の世界にそぐわない部分が
今や 現界に映し出され 現われておる
現われたことを わたしにつなぐことでゆるされたとみなされる
人間に返していたならば いつまでも どこまでも どうどう巡り
解決の道はなく 滅びの道が口を開ける
太陽が照れば 暗闇にも光が差し込み 微(かす)かな所も見える様になる
「光に照らし出され 光の世界にそぐわない部分が」「今や 現界に映し出され 現われておる」――これは、この世界にいま現れており、これからも現れると言われている「浄化に伴う諸現象」を指しておられるのでしょう。
それらが、「太陽が照れば 暗闇にも光が差し込み 微(かす)かな所も見える様になる」ということでしょう。
しかし、「現われたことを わたしにつなぐことでゆるされたとみなされる」という点に、救いがあります。
(Q)小松様
こんにちは。
主神よりのメッセージ、そして、新たな出発の時を迎えさせていただきました今、しっかりと心に刻み込んでおきたい数々の高次元メッセージを小松様のご解説と共にご紹介くださり本当にありがとうございます。
こうして拝読させていただきますと、「天国へ立ち返る」「神在りの生き方」「神とひとつになる」「神性人間」「アセンション」…とはどのようなことか、頭でも心でも理解が深まり、すっきり整頓されるように感じられます。
創造主であられる主の大神さまに帰依され、無条件の献身をされている天界の神々さま、高次元マスターの方々のような意識状態になることが目標ではありますが、なかなかひとっ飛びで、とは参りませんので、まずは地道に日々の中で、主の大神さまに照準を合わせ、さまざまな思いや、「この終末に起こる諸現象」を委ねさせていただき、「すべては主の大神さまのなされたこと」と、あらゆることを感謝の気持ちで受けとめることができるよう、これからも歩んで参りたいと思っております。
わたしの愛する いとおしい みたま達よ
わたしにつながり わたしをおもうことが
すでに天国に立ち返っていることになるのだよ
わたしは常に そなた達の中心におる
良いな
と、多くの方々と共に、これから地上天国の実現へむけて「新しい段階」へ昇らせていただけるよう、愛深いメッセージを贈ってくださいました主の大神さまに心より感謝しております。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
〜心より感謝を込めて〜
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